まず、見ること
そのことから、絵を描くことに
その生涯をささげた
奥村土牛の絵は、人の心をつつむと思う
「円空仏」を描いたスケッチを
箱根の成川美術館で見た
土牛の感性が、円空仏をより洗練させたと感じる
このことはいっぺんにそう感じたのでなく
このスケッチがじんわり、自分の心にとどいたと思って
「円空」がすごく気になりだした
そんな中で、上野で円空の残した仏像そのものを
見る機会があった
正直、土牛のスケッチをみたときのような
心の動きがそのときはでなかった
好きなマンガに「あずみ」がある
その主人公、あずみが好意をよせる青年が
彫刻を志しているという設定で
その青年があずみにいう
「自分の作った仏像が、何十年、何百年後に人に見ていただき
そしてその人になにか伝えられるような
そんな仕事がしたい」
あずみは、その心意気にいたく感動して
私ができることはなんでも手伝いたいという
このあずみの感性は、すとんと私の心にはいった
そんなことがあって、土牛の円空仏のスケッチをみたら
この私がみている絵、そして自分の心の動きは
あずみで読んだときの、すがすがしい思いに似てるぞと感じたのだ
そんなふうに思って、現実の円空仏をみて、少しトーンダウンしたのだが
いや・・・
と思いなおしている
土牛の感性が円空仏をまた洗練させた
そのことが、すごいことではないか
まずみること、そして感じること
人間だから、人間らしく感動する喜びを知ってほしい
いっしょに、感動しよう