古典性

古典というのは
ずっと残ってきたもの
いわば、ホンモノといっていい
価値をもっているものだという


2,3年ほど前の新聞のコラムに、百人一首をずっと
楽しんできたという、文化をもつ日本に誇りを感じると
書いてあったのをみて、ふーん、百人一首って確かに
古典だなぁと思った


白洲正子のかくれ里にも、滋賀の古い神社、寺をみたあと
琵琶湖沿いに走る新幹線をみて
やーい、どうせおまえはすぐに古くなるんだと
つぶやいてるのをみて、面白いと思った


ほんものということを大事にしたいと思う
今年の7月に、川合玉堂の絵をみて、なんて明るい
なんて、人間のあったかみのある、それでいて精緻なことを
描いているのかと、とっても感心した
玉堂は、明治の画家といっていいと思う
その絵は、きっとあと100年たとうと、同じように
輝いて見えるのではないか


ホンモノのよさを感じるには
やはりホンモノを見続けるということが
いいのかもしれない
見て、そのよさを感じる
人間が持ってる、感性ということを信じていく
本は心の旅路といったコピーが
ずいぶん前にあったけど、人の書いたものの
なかに、ほんものにあった心の様子などが
書かれているなら、それはまさに、旅でであうのに
似てる、感動を得られると想像する


自分のもってる、または自分が暮らすその土地が
はぐくんだ、ずっと受け継いできた先人がもっていた
文化を感じて、自分を磨こうとまた気持ちを新たにする
そうしたことを、何度かして、自分の誇りとして
大事にしようという気持ちが進む
その気持ちは、とってもすがすがしく、生きていることが
うれしくなる、やわらかで、したたかで、いいものだと
感じる