世紀の日本画展

週末には、東京都美術館にて、日本美術院再興100年
世紀の日本画展を見に行く


横山大観は、ものを言うスターだったんだなと
感じる。「屈原」という中国の詩人の姿を、師、岡倉天心
不遇の状況と重ねて書いてる
いわば、そのときの美術界の人間関係を、作品にも表現する


アートは生き方といっていいから、その人の思いが
出るというのは、めずらしいことではない。ただ、声が大きいというか
そうした、思いのほうがでてしまうのかなと思った


小倉遊亀という人の、「コーちゃんの休日」という越路風吹を
描いた作品に目が行く
これをみた、越路本人が、自分のいいところもわるいところも
全部でてるねと、つぶやいたという。その存在感は、なかなか
リラックスしてる姿で、存在感があるのは、なんなんだろうと
思ったりする


平櫛田中 「禾山笑」禾山という、禅僧の大きな気持ち、大きな志にて
禅の心を、伝えていこうという、大笑いの一瞬を、木彫りにした
作品。禅の心を、笑顔で伝えていこうというところ、いいなと
思う。実際のところ、禅の心なんて、語るほどわからないのだけど
この一瞬をとらえた、塑像が、わかるとかわからないとかを
超えて、存在するのが、受け入れやすい


絵を見るということは、ときどき、元気になる思いがする
ある人たちにあったときに、元気をもらえるように
絵をみて、元気になるときがある。そうしたことは
なにか、絵に託された思いを、いい感じで受け取れると
いってもいいか


オーソドックスなところでは、奥村土牛の作品をみると
この人の、絵がすき、描いてることを、とても愛してるように
思えるその絵は、見てるとうれしくなる。そんなふうに
元気がもらえる


絵は表現だから、美しさを伝えていこうという意思があって
それが、自分の受け取りたいなにかとシンクロすることで
元気になるのだと思う


時代が少しあがって、江戸期の伊藤若冲(このブログのデザインに
つかってるもの)を見ると、きわめて精細な絵なのだけど
遊びがあったりして、絵をほんとうに好きなんだなと
感じるときがある。絵を描くということに
まさに生きがいを感じていたのだと、思わせてくれる絵


アートは、生きることそのものと誰かに教えてもらった
そうならば、アートを見るということも、生きることに
通じてると思ったほうがいいと思う
いくつかの絵は、「より楽しもう」「より元気さを送ろう」
「あなたの生き方を応援したい」というメッセージを
私にくれてるようだ。


日常を忘れさせてくれる、いい日曜日だった