失敗談を話す

今度の社内の会議において
ベテランの人が、失敗談を話してみたらどうか
という提案をしてみた


このブログに何回かふれている、自分の失敗談を
話すということ。いいと思う
なかなか、聞けない話だと思う


失敗は若いときは、とくにどんどんしたらいいと
思う。自分の失敗を反省できることって、かなり素晴らしいことだ
二十代だったら、おそらくどんな失敗もまわりがかばってくれる
そうなのだ、きっと二十代は二十代の失敗をすべきといっていい


営業であれば、お客様と相対して、お客様からしかられたり
嫌われたりしてみればいいと思う。もちろん成功も
していないと、いやになってしまうと思うけど


銀行時代に、かなり高齢で、かつ体調も思わしくない
という人がお客様にいて、何度かよばれて、預金を預かった
話がくどい。話がわかりにくい。自分では確認したつもりの
預金の種類を、まちがえた。ある面自分は悪くないのにという
思いがたった。しかしながら、時間がたってみれば
冷静に、くどい話をしたとかいろいろいいわけはできるけど
客観的に思えば、まちがえない、まちがえてはいけない
処理だったように思う
そのお客様から、あとあとまで、あのときのミスということで
くどくど、あやまってもあやまっても、ミスを指摘された


思い出せば、うーんとうなるようなことなのだけど
きっと、冷静に処理するということが、いかに大事か
なんてことを、肝に銘じるそうした、そのための
人生のレッスンと思えば、いいのかもしれない


失敗して、いやな気持ちばかりが残り、自分で自分がいやに
なるということがありそうだ。それはやめたい
とこう書いていて、思いつくのは、やっぱり世の中
甘くないし、自分がいやになりそうな、結構ハードな
場面を乗り越えるということは、ほとんどの人が
複数回、経験しそうだ。そうしたときに、いかに自分をはげまし
もう少しやってみようと、前向きになるか


楽天力」といった、言葉がある
よくここにもだす、大久保幸夫 「仕事のための12の基礎力」という
本にでてくる
あまり、くよくよしないでいるということが、ひとつ大事なのかもしれない
いいえ、くよくよ、悩むときもあっていい。それを忘れたり
乗り越えたりできる、環境があればいい


言葉でいうのは簡単じゃないか
ということがある。まあ、そういわずに、聞きなさいとしておこう
自分がとても、機嫌よくいられる状態をというのを
自分で作れるということって、こうしたときに
大事だなと思うのだ。


昨日古くからの友人に会って、いまの20代って、もしかしたら人と
つながりを作るのに「飢えてる」のじゃないか
という話がでた。自分の部下から、飲みに行きませんかという
話がでる、社員旅行復活させるのはどうですかって提案があった
という。うれしそうに話していた
もしかしたら、そのうえの30代とかのやってることをみて
つまらないなと思うのかもね、という話もでた
ヒントになるかもしれない


さて、失敗談を話す
やっぱり、まずやってみよう
失敗談を話せるって、とてもいいことです
恥ずかしいこともさらけだせる、仲間になろう