さらけだすということ

会議において、考えて、さらけだし、何かに気づいて、また考える
というような、プロセスを考える
さらけだす、ということにも、レベルがあるのかもしれない
7月に、管理職で話した時に、例えば、そのとき自分としては
納得いかないとか、困ったと思っていても
ときがたったりして、自分として消化した内容なら
さらけだすということが、しやすいのではないか
という。一方、相手を信頼してるから、自分がまだ消化できてない
ことを、さらすというのは、難しいという話がでた


さらけだすということは、ある想定をすると、とても難しい
けれど、別の想定をすると、それなりにできそうだ
ある想定というのは、まず相手への信頼、自分のなかの不安
といったこと。自分の心のなかで、なにが大切なのか
優先順位をつけるということは、なんといったらいいか
心の、相手に伝えるためのトレーニングをつんでいれば
そこそこできるかもしれないが、そんなに簡単ではないかも
しれない


優先順位ということでいうと、なにが自分にとって、ゆずりたくない
こだわりなのか、考えておくことは、大事なのかなと
思うことがちょこちょこある。すべてのことにこだわっていては
窮屈だろう


どうも、若い人と会っていると、自分を相手にみせるのが
やっぱり苦手という人が多いように思う
いいえ、若い人に限らないかもしれないです
そうしたとき、みせてみて、判断してみてといいたくなる
けれど、それはやっぱり、理解しがたいことなのかも
しれない。なぜ、自分をみせるのが、苦手なのかと
思うと、不安だから、となるのだろうか
そしてなぜ、不安なのかというと、おそらく人を信じて
信じてもらっての成功体験がないからということに
なろうかと思う


人を信じて、信じてもらってのおそらく最初の関わりは
両親とのことだろうと思う。その基盤がゆらぐとしんどい
その基盤はあるものとして、自分で選んだ人間関係について
自信を持つような成功体験を重ねることが、自分を成長
させるのだと思う


思い出すと、何人も、自分のことを思ってくれる人から
忘れられない、忘れたくない、話をしてもらった
人から自分がどう見えるかということは、やっぱり
若いうちはわからないもの


先日、システム開発の仕事について、まだ日が浅いという人と
話していて、言葉について、「わからない」と相手に言っていいのか
どうか判断がつかないという話になった
つまり、業界の仕事をしてる人なら、ある言葉は常識のように
使っていて、それがわからないということは、仲間外れに
されてしまうような、恐怖感があるのだろう
自分もそうだった。そして、一定の時期から、わからないと
いえるようになった。
そうした、ずうずうしさというのも、生きるためには
必要と思う時がある
さらけだすということは、一見ずうずうしいことだ
でも、条件がそろえば、さらけだすことで、わかる
相手との距離、そして、自分のたつ位置、考えについての
意見などなど。


相手との距離を縮めるのは、ときどき、ちょっとした勇気と
ずうずうしさをもつということが、必要ということが
ある。話してみないとわからない。さらけだしてこそ
みえるものがある