客観的ということ

このところ、なにか説明ということを聞くとき
客観的という、言葉が使われると、「本当かな」と
思ってしまう自分がいます


なにか問題がおきたとき、そのときの、責任者といった立場の人が
客観的な見方をすると、これこれだというような使われ方を
していて、本当かなと思う
おそらく、なにかの見解をだすってことは、客観的な視点が大事と
いいながら、主観的な見方が含まれてると思ったほうがいいのだと
感じるからということでしょう

歴史は、英語でいうと、historyで、誰かのお話ってことだと、みることが
できる。歴史について、書かれたこと、誰かの目を通して
かかれていて、まったく中立な立場ってないと思う
そういうふうに、みてみると、たとえば、報告は客観的であるべしなどと
ノウハウ本には書かれてるかもしれないけど、必ず主観ははいると
おもっていいと思う


そうしたなか、おそらく自分たちがとるべき、態度は、主観がはいってるという
ことは、知っておく、という態度だと思う。主観ははいってるけど
おそらくこの人は客観的にみようとしてる、その度合いはこんな感じかと
みておくということが、必要でしょう


いま会社では、ボーナスがだんだん近くなるということもあって
社員評価の面談だとかが、はじまろうとしています。
そうしたときに、評価ですから、公平さということが求められます
評価は、公平に、客観的な視点で、というのは、基本だと思います
ただ、私の見解からすれば、ある人が一定の時間でなにかを
判断したり、感じたり(評価もその対象に対して、ナマで感じたことが
はいらなければ、やっぱりやってる意味って減ってしまうと思う)
そういうことが、はいる以上、主観がはいると思ったほうが
いいです。そういうとき、なるだけ客観的に見ようとつとめる
それは、どうしたらいいか?とっても大きなポイントでしょう


実際、相手は人ですから、ここでそんなに簡単に、かけるほど、やり方は
簡単ではない。けれど、ひとついえるのは、ものごとの判断について
普段から「思い込み」だとかをできるだけ、はずして、できるように
つとめておく、自分の心の状態を保つっていうことが、大事だと
感じます


もうひとつは、立場が考えを決めるってことがありますから、トレーニングの
方法としては、ちがう立場でものごとを、考えてみるということを
やるということでしょう。これ、実はやっぱり結構大変なのですが
人を指導するって、立場であれば、一定のところ、自分で自分を
レーニングするって、必要だと思います


文脈理解力という言葉を、大久保幸夫の仕事のための12の基礎力
という本から、また例にだします
言葉というのは、言ったその人がもってる背景をおもんばかって
正確にとらえることができる、とでてきます
ゆえに、背景、いいかえればやっぱり立場ということがはいると思いますが
そうしたことを、想像して、その人の気持ちに添うということが
相手を理解していくことの、キーポイントということが
でてくると思っています


人と人、仲良くなって、仕事をしようとなったら
そして、その絆を、しっかり感じながら仕事をしていくには
やっぱり、仲がいいということを深めて、お互いの理解を
深いところで、すすめないと、うまくいきません。
その点、実際は、深く理解するとなったら、やっぱりそこそこ
しんどい、ことも、超えていかないと、「ホンモノ」には
近づけないということを、知っておいたほうがいいでしょう


絆を作るって、素晴らしい。だから、挑戦してほしいな