ここ何年か、手作りのうつわ、陶芸を中心に
日本各地に行きます
一番最近は、3月に行った、伊賀、三重県の伊賀上野あたり
でした。3年ほどまえに、鳥取県にある、岩井窯の山本教行さんに
最近では、もう土鍋にあう土は本当に少なくなった
伊賀にほんの少しあるくらいだね、という話がずっと
耳に残っていました
そうか、土鍋という意味では、伊賀にいってみたいなと
思っていました
伊賀では、郷土歴史を展示する記念館の解説に、伊賀とか信楽とか
いいますが、おそらく江戸時代より前の、時代は、ここらの人は
農業をしながら、いい土をさがして、土があると、その山の近くに
住んだのでしょうという感じで話しをつなぎ、そして、「いざ」
というときになれば、忍者にもなり、普段は、作物をそだて
うつわを作っていたのですよと。そこが、伊賀であるとか
信楽であるとかは、後の人の線引きでしょうねと。
そんな会話を聞いて、伊賀の焼き物を、がんごに昔のやり方で
やってるよという作家にあったりしました。昔のやりかた
それは、穴窯という、マキでたく、昔からの焼き方で
焼くというのですね。灰が釉薬の役目をする。ある種、偶然の
産物とも見える、力強さと、素朴さのなかに、なにか求めるという
方向でしょうか
ただ、穴窯なりで、焼き物をやるのは、大変ですね。4日とか5日とか、焼き続ける
ということになります。個人でやるのは、まきを補給しつづけるということ
ですから、かなり限界があるようにも、思います
穴窯の焼きということも、意識して、年に2度とかは自分でもやるのだけど
ふだんはガス釜だねと、いって、自分の作風をかたってくれた人が
います
すっかり、うちとけて話をさせてもらった、日々窯のご夫婦
http://nichinichigama3579.blog.fc2.com/
伊賀焼の伝統的なやり方は、穴窯であり、灰の釉薬というのは
ときに自分でもやるけれど、そして、「素朴さ」といった
伊賀焼のもつ特徴は残すけれど、なにか、「大上段」というかまえ
ではなくて、自分の目線で、仕事してるんだなと、話していて安心する
そんな二人が、自宅と工房、ギャラリーもかねて、伊賀の山を超えて
いわゆる、「里山」という表現がぴったりくる場所に、住んで
おられました。
上に紹介した、ブログにも、くりかえしでてくるのですが
自然が豊かです。川の音を聞きながら、花を愛でて、風をめでて
光をめでる。そんな暮らしは、都会暮らしの私たちには
ほんとうに、うらやましく見えた
そんな、自宅兼ギャラリーでお茶をのみ、話しました
うつわ作りへの、思いは、自然体に見えました
自分と向き合い、自分の視点においての、いいものを作っていく
という姿勢。話していて、気持ちよいのです
いくら聞いていても、ずっと聞いていたいそんな
心地よさのある、会話でした
うつわをめぐる旅は、まだまだ、私の心の目をひらかせてくれる
そんな時間が、待ってるようです