手紙を書くということ

最近は、メール、SNSとリアルタイムでの交流の手段が
増えて、昔ながらの手紙っていうのが、少なくなってるのでしょう
でも、手紙、いいものですね


何人かに手紙を送って、それがとてもうれしく伝わっていって
という経験があります。もしかしたら、相対して顔を
あわせるよりも、さらにいい感じのつながりのしかた。


SNSにおいても、そんなことがありました
ふと、書いたことがきっかけで、やりとりをする
自分の内面を、ふだんは話したりはしないのだけど
ちょっと、ここに書きたくなる。そして反応した
人も、自分の心をひだといったことを、ふだんはおそらく
みせたりはしないのだけど、書いたら、お互いが反応して
うれしくなってまた書く


こういうことは、思ってみれば、なにか表現されたことを
見るということに共通のことかもしれないです


今回、山陰のうつわをめぐる旅で、延興寺窯という、窯元さんに
お邪魔して、しばしお話しをし、また作品も購入してきました


話をしていて、作品を見ていて、すっと手がのびて
このものを、自宅においておきたいな、という気持ちが
でたのです


とても、そうした心のつながりみたいなものがうれしくて
うかがった、翌日にはがきで、うれしさを送ってみました


窯元には、その作った人の生活があり、その生活のもととなってる
その場所の空間のよさということか、自然、山だったり川だったりが
あるのですね


去年の秋に、石川県にお邪魔して、もうその先からは車ははいれない
舗装した道路はないって、場所に、窯を築き、うつわを作ってる方と
はじめていったのに、ずいぶんおしゃべりをしました


水を大事にし、山からの風、風景、そうしたなかで
うつわを作ってるその人にひかれました


そんな経験があったから、ということになりそうですが
鳥取の延興寺窯さんの、お宅で聞いた話は、気持ちがよかったのです
近くの川にある、黒い石をくだいて、釉薬にまぜるんですよという話
土ももちろん、近くで掘るんですということ


伊賀で聞いたとおり、やきものづくりをする人は、その土が得られる場所に
家を作り、普段は、作物をつくり、うつわを作ったりしてるのですよ
という解説があった。いいえ、かつてはそうだったというほうが
近いですね


その黒い釉薬がかかった、ピッチャーをもとめて
いまうちにその姿をみることができます
おそらく、花器として、使うかなと思います
でも、なにか食器としても、いいので使いたいとも思います


なにかを、表現したいという人と、交流して
いいものをうけとったということを、手紙で書くのは
自分の気持ちが豊かになるという感じがします


旅がひとしお、思い出深いものに、できるようです