グラデーション

発達障害における、症状はグラデーション。
この障害って言葉がやっかいですね
障害ではないかもしれないです。個性かもしれない


社会のルールにのっとって、いろいろやることに
うまくのれない人、といってもいいかもしれないですね
でもね、社会のほうが、おかしなルールなんだって
見方もあります


自分がやりたいことを、やるのに、ある程度自分を抑えられる
ということが、大事なことです
それは、会社や社会の都合でそうなのですね


本人のやる気、能力を発達させることのみの観点から
いったら抑えることなんてしないで、可能な限りやってみたらいい
という見方もあります


ものづくりにこだわるということ
もしかしたら、やる気、というか本人の気持ちに
自然になって、やりたいだけやったほうがいいのかもしれない


まあ、極端な話はちょっとおいておいて
プログラミングだとか、技術にこだわる人と話していると
なにか技術をみにつけよう、勉強したいというのは
人からいわれてやるという状態では、もうその時点でだめなんですよ
という話になったりします


ええ、確かにね
そういうふうな面があるのは、確かでしょう
そうなのだけど、「全員に」そうした、アンテナがたってる状態を
求めるというのも、なかなか難しいかなとも思います


会社に所属することと、個人の能力を伸ばす
ということが、うまい具合にバランスをとるということが
大事なように思います
システム会社として、思うに、そこに所属する社員の能力を
のばそうとする。そのことを、優先順位の高いところに置く
それは、やったほうがいい、選択ですね
そうなんですけど、それのみ?ではたして、生き残れるのでしょうか


会社が、発展するということは
いろんな要素が必要です
わすれてはならないのは、利益をだすということです
利益をださなければ、そもそもの存在意義が問われます


会社のかじ取り役をやっていて、社員のあいだの公平感
ということが気になります
なにをもって、公平とするのか
仕事をする、その一点について、責任のある立場で、成果をだしてる
その様子をもって、処遇も重みづけをしていくということに
なると思うのですね


つまり、数字にできにくいものもたくさんありますが
AさんとBさんを比べたとき


いくつかの係数、だしてる成果、稼いでる数字、責任度、会社の期待に
答えてるか、そうした係数をかけあわせたものに、ある程度給与の数字が
見合っている。そういうことが大事なんだと思います


さらにいえば、やっぱり今後、処遇がよくなっていくだろうという期待が
あるから、一生懸命にできるということもあると思います


そうしたことを、実現するために、信頼される存在にならなくてはと
一層、責任の重さを、自分も感じています