古都へのあこがれ

鎌倉の近くに育って、中学生くらいから、ちょこちょこ、鎌倉の寺に
でかけたりしていたということがあるから?お寺に行くって好きですね


3年ほどまえに、奈良に行ったときに
そのお寺であり、古い史跡を訪ねる楽しさというのを
改めて思いました


永井路子の小説で、「あかねさす」というのがあり
壬申の乱について、実際、その道筋を歩いてみるという
ストーリィがあります。その小説が好きで、ほんのちょっとだけ
明日香から、吉野について、20代のある日、歩きました
足にまめを作りながら。


明日香は、まだ、田舎で、おそらくは、万葉の時代から
あった、その風景だったり、日差しの当たり具合がまだ
感じられる、場所だと思います


甘樫の丘、公演になっています
蘇我一族の、館があったというのですね
そして、甘樫の丘から、見下ろせるところに
ときの都、天皇の館があったというのです


こうしたことから、そのときの蘇我の権力だったり
天皇の存在というのも、想像してみるのも
興味深いということで、永井路子は、その感じたことを
小説の主人公のつぶやきとして、表現します


明日香の都を舞台に、大化の改新があって
その舞台裏になったという、多武峰がありますね
桜井から、多武峰に向かう途中に、聖林寺があり
フェノロサが、その美しさをたたえたという十一面観音に
会うことができます


奈良にでかけて、姿が美しい、仏像に会うと、その美しさに
心ひかれてしまうのですね。まさに、見るということを
とおして、そのありがたさを、感じるような、日本人なら
誰しも、感じたことのある、気持ちが澄んでいくような
感覚ですね


仏像の美しさは、まさに、人を厳かで、なにか、信じたいという
気持ちにする、大きなものがあるように、感じます
数百年、ときには千年のときを、超えて、なにか伝わってくる
この気持ち。仏像のほうからみれば、ずっと、願いをかけて
祈りの対象とされてきたのです。人間が作ったものに
ちがいないのですが、そのことだけでも、素晴らしい


3年前の奈良の旅は、十一面観音をめぐる、旅になりました
もう一度、行きたいと思います。日本人が
感じ続けた、美しさとは、どんなことか、自分の目でみてみたい


きっと、仏像はいいな、古都はいいなと、またファンの気持ちを
膨らませてくることになりそうです