演じるということ

演劇を学ぶということは、人間の成長に
どんな効果があるか、ということを、先日
親しい人と話してみました


相手との関係を、よりよくしていくことでは
ないか、という話がでました
このよりよくしていく、ということには
前段があります。演劇で、Aという人物を
演じてみるということは、どういうことか?
これは、臨床心理学の、河合隼雄先生の言葉ですが
演じる、というは、カウンセリングと、似てるところが
あるのだと、演じるにしても、カウンセリングにしても
相手の人生を、生きてみるといえばいいか
相手の心に分け入っていく、そういうことが必要だと
解説が載っています


演じるとき、その人の心情を理解するということが
必須だと思います
翻って、実生活で、相手の心情を理解するということは
必要と、誰もが認めるでしょう。そして必要なのですが
いかに難しいか?


話は飛びますが、会社のなかの役割として、「採用」を
やっています。昨日もはじめて会う、若い方と「仕事とは」
「仕事をどう選ぶか」「自分のアピールのしかた」といったことを
話していました
アドバイスしたのは、あなたがやりたいことを、具体的な例を
あげて、話せるようになること。そしてキーマンだと思った人に
そのことを、話してみることと、伝えました


なぜ、そういう話になったのか?それは私がその方と話していて
これから、自分のやる仕事をさがしていくその人にとって、有効な
情報はなんなのか?と考えたときに、「自分を理解しようと
してる」「自分がどんな仕事をするのが、自分にとってそして
所属する会社にとって、いいのか」そういうことを、真剣に
考えてるなと、感じたからです


そういうなかで、やりとりをしながら、自分をみつけていく
そういうことができるのでは?と気が付いて、自分だったら
こういうことをするな、つまり、自分のやりたいことを、できるだけ
具体的な例をあげて、エピソードとして話せるようになり
それを、相手に話してみるということ、です


こうしたことは、まだ「入口」ですが、私がちょっとだけ
相手の人生をいっしょに歩いてみたということに、なると
思っています
「いいやりとり」「いい打ち合わせ」を思い出すと
多かれ少なかれ、こうした相手の心情を受け取って
「自分だったら?」と、やってみるということが含まれてる
ように思います
「本」においても、そうしたことが言えそうです
優れた小説は、「感情移入する」楽しみがあると、これも親しい
仲間が言っていました。確かに。小説の楽しみのひとつは
感情移入して、まるで自分のことのように、喜怒哀楽、
楽しむということにあるといっていいですね


演劇は、素晴らしい、成長のための効果があるのが
見えてきました。自分を客観視し、自分を使って、ある人の
人生を、生きてみる。こんなことができるって、
なんて、すごいことでしょうか?