美の橋渡し

土井善晴さんが、京都の河井寛次郎記念館が好きだと
語っていて、そのことによって、土井さんにとても親近感を
持ちました


自分が好きだな、と思うこと、場所、本などと、共通してる
ということがわかると、ぐぐっとその相手と親しくなれる
そういうことは、よくあることですね


土井さんが、河井寛次郎記念館で、とてもいい空間で
好きだというとき、おそらくは、河井の生きた、その様子
例えば、客のもてなし、作品はもちろん、人との交流など
人としての、河井をまるごと、素晴らしいと思ってるのだろうと
推察します


河井が、山陰、出西窯で若い人を指導したということ
とても、興味深く聞いたりしたのですが、そうしたことも
土井さんはきっと、いいなと思ってるのではと、想像します


おそらくは、河井と土井さんは、感性が響きあってるのだと
そんなふうにも思うと、とてもあこがれる気持ちを持ちますし
自分も、もちろん、いろんな意味でレベルだったり、見えてる
世界は違うかもしれないけど、ちょっとだけでも近づきたい
という気持ちになります


土井さんが、窯元にて、もてなしを受けて
その料理を愛でて、作ってくれた人だったり、作家と
語ってるのをみると、私の見立てはきっとあたってる
なんて思います
もっとも、テレビでみた世界、だし、勝手な想像では
あります


たとえば、本、小説のなかの世界、その登場人物同士の
やりとり、交流の具合などをみて、「本」ですから
理想化してるかもしれないですが、あこがれて
その高いところに、届きたい、そんなふうに思うこと
思って、生き続けることは、いい生き方のように思います


時代小説において、歴史に名を遺した、スターといっていい
人物について、書くというのは、上に書いたような
スターといっていい、その人物が、どんな出会いと
その人との、やりとり、素晴らしい、生きるヒントをもらったとか
そういうことを、書くということになるんじゃないかって
想像します


河井寛次郎の一人娘である、河井須也子さんはその手記で
河井寛次郎が、棟方志功を連れてきたときを、描写して
才能を愛し、人柄をまるごと、受け止めてる、父の姿を
とどめています
そんな雰囲気から、私は棟方志功の、美の世界を
かいまみる、チャンスをもらった気がしています


世の中に、素晴らしい人、素晴らしい世界ってあるんだな
そんなふうに、思える自分でいたい。美であり、人間としての
いい生き方、もしかしたら、精進していくなかで、自分も
感じれるかもしれない、と、思います