生き方の基本

千住博 「私が芸術について、語るなら」
この本の、最初のほうに、たとえば、まだ幼い子供が、きれいだと
思って、石を拾う。これも、芸術につながる行為だと、書いています
芸術とは、自然から感じたなにかを、誰かに表現してみたい
そういうことだと、いいます
心無い親が、なんだ、そんな石ころ、などといって、放ってしまう
そういうことが、芸術の眼ということを、開くことを、邪魔して
しまうのだと。


この本を、わが社の内定者の交流会を開いたときの、課題の
本として、渡しました。ある一人の学生さんは、人間が感じる
表現するということが、芸術だといいますが、自然が織りなす
絶景だって、芸術といっていいのではないでしょうか?
そういう発言があり、フーンと、聞きました


なにが、芸術なのか?そういう話題で、盛り上がるほど、私は
芸術そのものに、深くはないのです。そういってしまうと
逃げてるようなので、もう少ししゃべりますと、千住さんが
言ってるところの、「感じて」「表現したい」その点が芸術なんだ
という主張には、共感します。言い換えれば、生きること
よりよく生きようとすることは、芸術につながってるといっていい
のではないでしょうか?


数年前、備前焼の場所、岡山県にでかけていって、ある窯元の
作家さんと話していた時、その作家の方は、陶芸をはじめて
5年間は土づくりしか、やっていないという話を聞かせてくれました


備前は、土と火が作り出すものです。その土づくりだけ
5年間やるということ
その時間の使い方、つまりは生き方につながる、行為ということを
考えてみる、そういうタイミングになりました


基本を自分の身体に身に着ける
そのことに、時間をかける


こうした、自分の身体を使って、価値を生みだしてる人が
共通でいうところの、時間の使い方
思えば、ずっと、たとえば私が生きてるこの50年という
切り取り方でいえば、効率化、生産性向上ということを、経済的価値
といって、ずっと現代人は走ってるといっていいでしょう
だけど、それで、人間幸せになるのか?というと、そうでは
なさそうと、みんな気づきだしてるといってもいいのでは
ないでしょうか


生きること。生きる、よりよく生きるために
自分はなにをしたらいいのか?
人と、いいやりとりをして、学ぼうと、社員にいいます
だけど、基本のところ、基礎ということで、うまくつながれない
そういうことも、感じるのです


「生きよう」という気持ちの強さが確かであれば
人間なにをやっても生きていけるように、思います
ですが、生きよう、この1点に、ついて、ぐらぐらしていると
どうも、うまくいきません
ここのところ、生きてること、生きようとしてること
このことを、強くする、そういう自分のなにかをつかみたい


千住さんは、リアルに起こるすべてのことが、自分の「師」だと
その本に書きます
ハイ、そう思えれば、きっと、日々、自分自身と向き合い
どう生きようかと、わくわくすることができそうです


さて、あなたは、週明けの今日、この朝の時間に