ブログの効果

自分のブログを読み返してることがある
ブログは、日記。その日記の効果を思う


言葉というのは、万能ではない
というか、自分のなかにあるイメージとか
思いとか、言葉にするというときに
そのままはできないわけだから、言葉という器に
いれる変換を自分でしているわけだ
そこで、本来あるものと言葉で表現されたものは
完全にいっしょではなくなる


もうひとつ、時間がたてば、自分自体も変わる
かくして、あるときブログを書いていた自分というのは
だんだん変化しているわけだ


そうしたことを思い、ブログを読み返すと
あれ、このとき、こんなふうに感じたのかなとか
別人になった自分がそのときの自分をみていたりする
そして、もっといえば、言葉に変換する過程にて
自分を客観視しながらやってるということが
起こるのです


例えば、気に入った絵とか彫刻を見て感じたことなど
このブログにも書いているが、そのときの感動の気持ちを
書いた文章が、その感動をある程度呼び覚まし
それが、また自分のなかのエネルギーを喚起していいということが
ある
これは、このまえも書いた、「回想」などの効果としても
こころのとこ意識してること


そして、昨日、首都高速を車で走らせて、つれあいにいっていたのは
ブログを書くことで、自分が感じた例えば絵からの思いを
言葉に変換することで、自分を客観視してるところがあるので
それは、その変換で、もしかしたら思いといったものから
もれていくものもあり、付加されるものもある
言葉という、不完全な器には、盛ることのできるものは
決まってるのだから


昨日見た画家の、りんごの色がいい
その明るい、食べたくなるような・・・などと記述していて
その色のよさをまぶたにうかべながら書くのは
なかなか楽しいのだが、書かれた文章が
例えば、その絵を見ていない人に、なんらか伝わるように
書けているのかというと、なかなか、難しいもの
だから、まぶたに残ってるその色がいろあせてしまうような
時間が経ってしまうと、同じ文章を読んでも
ちがうように感じてる自分がいたりするように思う


人間だから、変化していいし、それがまた楽しいともいえる
できれば、「変わらない」ところと「変化していく」ところ
自分でコントロールしてもっていたいなどと
贅沢かもしれないが思うのでした