自分らしく、学ぶ

どうして、もっと自分に素直に生きれないの

Piece of my wish 今井美樹より


このフレーズが頭のなかでリフレイン
実は、相当数の相当なタイミングで、人間がつぶやく
その状態といっていいのではないでしょうか?


生き方、というのは、ずっとずっと、おっかけていくもの
そして、変わらないのかもしれない。もしかしたら
あるときのある一瞬のほうが、自分が求める、生き方を
感じれる、そう自分を輝かせることができた瞬間が
あって、その高み、には、なかなか再び到達するって
できないでいる、そんな自分も感じます


だけど、10代でのあの一瞬。20代でのああやって
もがいていたとき、実はいい生き方ができていたと後で
自分で評価できるってことも、幸せだし、そういう自分の
いいだし方というのを、検証して、うん、いまからでも
それを超えて、さらに自分らしく、さらに輝くそのときを
作ろうという意欲も、まだ、ある、そういうふうに
思えてくるのです


先月から、わが社に中途採用で、営業職として迎えた人
なぜ、採用できた?なぜ、そう決めたのか?
まずは、積極性、学びたいという意欲といっていいかなと
感じるのです


大人になったら、正解のない、課題というのを、自分で見つけて
そしてその課題を乗り越えていくべく、自分で道筋をみつけて
いかなくてはなりませんね
先月入った、Kさんは、そのことを、わが社でできると信じてくれた
ようです
責任を感じますね
だけど、できる、そう私も信じることができる
いまいる、社員といっしょに、がっちゃがちゃ仕事をする
当社には足らないこともたくさんあるけど、学びたい
学びあうという文化があると思っています


この学ぶ、一点から、深めていけるものがある
そういうふうに、感じています


当社の原点は寺子屋なんです
先代社長、創業者の増地がひらいていた寺子屋
寺子屋のいいところは、家族のようなつながり
そして、自ら学ぶという姿勢をつけることができる
これだと、思うのです
中学生だった私は、中学生にしては、こまっしゃくれた「がき」
でしたが、学ぶ姿勢があれって思うと、仲間に
こうしたほうがいいよなんて、えっらそうに、言っていました


言葉にすれば、必ず返す刀でもどってくるものです
そんななかで、学ぶって何?生きるって何?という
自問自答を、高らかに、していたそんなふうに思います


自分に素直に生きる
いいですね
そうしたいですよ

自分を知る

色んな人が、自分を知ることが大事と本に書かれて
いますね。そして、自分を知るって、大事だけど
難しいということも、ありますね


なぜ、難しいのか?それは複雑であり、また常に変化してる
そういう存在だ、と言えそうです
特に、10代なんて、どんどん変わるし、自分の可能性ということが
大きく見えたり、小さく見えたり、感情の起伏もあって
わからない、ということがありそうです


優秀な人は、自分のことで、悩むでしょう
自分をどういかせばいいか
優秀と自分のことを、思っていない人も
どう生きればいいか、悩みます


そして、自分を知るのが大事だけど、難しいと、気づくと
どう生きたらいいか?これはある意味、解答といったことは
なにかすれば、すっと降りてくるそんなものじゃなくて
生きてるとすれば、生きてるあいだそのずっと、つきあう
大問題、大きな、生きるそのものといっていいことなのだと
だんだん、気づくことになります


そういうなか、私はほんとに思いますが、10代や20代前半に出会えた
人というのに、恵まれて、そういう人から素晴らしい栄養
また、自分の活躍の場を与えられて、自分を信じようということを
第一の自分のスタンスとして、今日までこれた。


やりとりする人が、前向きで、一定のいい助言だったり
生き方の見本を見せてもらえること
活躍する、場があること
これらが、人間形成といったことに、いかに大事なことか


いってみれば、練習するわけです
スポーツでも、なにかうまくなりたかったら、練習する
ぼくらの世代だったら、王選手、世代がさがれば、イチロー
そして大谷翔平。練習する、努力することにおいて、天才でしょう


その練習続ける。人生もいっしょです
やってみて、次に生かす
これをくりかえす。
できれば、二十代も半ばになったら、まず自分のスタイルというのが
あって、自分はこんなふうに、活躍の場がほしいです
自分の練習のしかたはこうです、と、胸をはっていってほしい


そうなのですが、世の中の変化もはげしく、また、とても世知辛いとみえる
特にこの20年とかそうでしょう。そういうなかで
明るさをもって、前向きな生き方をするって、そうとうしんどい
とも言えます


では?どうしたらいい
私のひとつの、やりかたとして、見えてるのは
時間がかかっても、ある方向で続けてみる
これではないでしょうか?


時間がかかっても、自分の生き方ができる、活躍ができる場を
さがす。そのために教科書に近い、本であり、人と出会うことに
貪欲になる


生き方は与えてはくれません


生き方は、どうしても自分で手探りして、つかみとっていく
そういうことが必要なんです


世の中、何度目かで、ITが今後の突破口だとか、DXこそ、改革の
一番のコアな部分だとか、新聞に言葉が躍ります
新聞であり、そのもとの情報をだす、政治家?も、なにかしら
今後への、旗振りのなにかをだすということが大事ですから
一定の理解はします
グローバル化は進み、日本はどう生き残っていくのか
そういうことも、気になります


おおまかにしか、言えないけど
欧米といっしょの、ITなど、求めていてもしょせん、ものまね
日本人の感性がいかせるなにかを、大事にしたいと思います

丁寧な暮らし

先日、働く人の健康サポートをする、そういう趣旨の
会社の人と、話していました
そのなかで、わが社の最近の健康づくりの取り組みを、紹介しました
それは、新潟の農家で、民宿をしてるところに宿をとり
そこで、畑で実際土のなかから、おいもを掘ったり、アスパラ菜、
むかごの収穫をしたり・・・
そういうことでした


その紹介をしながら、もちろんやったこと、収穫体験、またお餅つきも
したのですが、そのこと自体がとてもいい体験だったということ。
またそのやらせてもらう、家族経営の民宿が、その家族ならではの
あったかさがあった、ということを紹介しました


60代で、元気に畑を守り、収穫してるお母様。その息子さんが、調理を
担当して、娘さんが接客、といった対外折衝をする。
家族でやってる、あったかさ。
そして、私が言ったコメントは、東京周辺の人は忙しすぎて
こうした、家族で過ごすといったことに、時間がかけられない
そこが、大事なことを、忘れてしまってることのひとつじゃないでしょうか


家族で過ごすことは、それはもう価値といったいいこと
そうでしょう。家族という、基本の人間関係を大切にできるから
他人との関係も深められるということがあるでしょう


ここも、言うは易し、かもしれません
忙しいのが、悪といってしまうと、フルタイムで働く人って
忙しいですよ。
また、時代の流れの速さ、が、あるのでしょう
なかなか、世代間でのいろんなことの、マッチングは難しい
時代、と、くくってしまっていますが、価値観の多様さと
いうこともありそうです


先日このブログにも書いたのですが
昭和の40年代、50年代なんて、みんなでひとつのテレビを
みて、それが娯楽・・・
これは、窮屈かもしれないけど、同じ歌謡曲をきいて
みんなでもりあがって。そういうところが
どうも、つながってるということ、あるんですよね


いまは、音楽の楽しみ方というと、メモリーオーディオに
イヤホンで、それぞれ別のものを聞く
多様性を認めるって、ちょっとこじゃれた感じもしますけど
話はどんどん、通じなくなる


家族はあえて、いっしょにいる時間をみんなで
意識して作っていかないと、すれちがいばかり・・・


昨日、NHKの9時のニュースのなかで、なにげない日常を
ユーチューブにして、話題になってる、20代の男性の
話がでてきました
「ゆったりした、丁寧な暮らし」これが、価値になってる
でも言えてるかもしれません


ときどき、FBに朝ごはんの画像をのせます
休日の朝ごはんがほとんどですが、朝ごはんを、手作りの
ものを並べて食べる、これも結構少ないような
そんな反応がかえってきて、うーん、自分としては
複雑ともいえます


暮らしを、丁寧にすること
大事だと思います
特に、食事を大切にしたい、と、思うなら
暮らし自体を、ある程度は丁寧にしないと
できないことです


今の時代の生き方
ますます、考えて、いいものにしたい、ですね

フムス

昨日、元町のKAORISというカフェにて
ランチすると
メニューに「フムス」なる、ものがあります


http://www.kaoris.com/


フムス? ぐぐってみると、中東ではソウルフード
ともなる、ペースト状の食べ物。ひよこ豆がレシピに
並びます


ほい、これは、パンにぬったら、おいしいねと
そのときも、確かめて、やってみることにします
これからつくるので、出来栄えは、またという
ことになりますが、どうも、失敗はしない
料理ともいえそうです


食事を外でしてみて、あ、作ってみたいなという
料理に会うのは、とても楽しいものです
そして、いいなと思った料理を作ってみて
それを、定番にできたら、もっとうれしいです


1年ほどまえだったか、ディップの本を図書館で
借りてきて、楽しんだことがあります
その本から、覚えてるのは、スモークサーモンのディップです
生クリームを使っていました


生クリームはとてもおいしいのですが
やっぱり、ちょっと「重い」ともいえます
フムスは、練りごまと、レシピにでてきて
あ、なるほどと思いました


食べ物で、ちょっと、ペースト状にしたい
つまり、少し、ねばりといったものがほしい
ということが、よくあります
そういうとき、なにを使うか
こうしたことも、料理の、ひとつの「ウデ」と
いっていいこととも、思います


話は、ずっともどって、元町のKAORIS。
ここが気に入ってるのは、紅茶が種類が多いという
ことです。もちろん、紅茶はポットでの提供です
紅茶は、毎朝、気に入ってるダージリンをいただきますが
たまには、ちょっと個性のある、お茶が飲みたくなります


お店にはいって、あれば、頼むことが多い
「ディンブラ」。このお茶、藤沢の紅茶専門店
その名がディンブラ、にて、覚えました
ダージリンより、はっきり、紅茶の紅茶らしいところが
ピンと、味にはいってるといったらいいでしょうか
そうかといって、ダージリンダージリンでいいのですよ


パンと、紅茶とフムス、なかなか、楽しめました


おいしいものに、出会えると、その日がうれしく過ごせます
おいしいものを、気の合う人と食べると
元気になりますね
そういう、毎日を過ごしたい、そう思います

テレワーク 楽しむ

日経新聞 10/14 [あすへの話題」 作家 川上弘美


・・・取材をオンラインで受けるのも、面白い・・・
以前は、出版社での取材がほとんどであり、取材が終わると
すぐに「では」と別れていったものだったが、互いに私室に
いる気安さと、お互い本にかかわる仕事だから、今読んでいる
面白い本の薦めあいをしたり、持ってる希少本を画面のところ
まで互いにもってきて見せ合ったりすることができる・・・


ふん、こうした、やりとりについて、まず思ったのは
親しくなる、その状況を利用する、というのは、なにかと
女性のほうがうまいんだ、そういうことです


ずいぶんまえですが、SNSを通して親しくなった女性から
「あら、長澤さん、知らないの?女は、ずっと他人のなかに
はいって、家族を作っていくそういうDNAがあるのよ」
と教えられました
確かに。大家族ともなれば、自分の夫の父母はもちろん
夫の兄弟、どうかすれば、その兄弟の伴侶、またその子供
といった、なかでの、生活ということがあったので
それはすごいことだけど、そのなかで生きてきたのが
(ずいぶんまえのことかもしれないが)女性かもしれません


大家族の話は、そんなにいまは、ないとしても
でも、ごく身近なところで、夫の父母とはくらした
場合によって、祖父母ともくらした、といった
話は、でるものです


話はもどって、テレワーク。今日このあと
他社の人と、私もオンライン会議をひかえていて
そのオンライン会議が、スムーズにいくように
お互い、使う資料を前もって、みせあい、こんな意見ということも
事前にある程度はだしておくということをしました
こうした、準備が有効なこと、それはお互いまだ、十分知り合ってない
そういうとき、また、相手のことを、よく知って、意見交換が
望ましい場合、があると思います


いまは、感染症という、危険ととなりあわせで、いますから
選択肢は、ほかになくて、オンラインの会議をやりますね
今年でいえば、私の仕事でいえば、採用活動という
ことになるのですが、オンラインはオンラインの良さというのも
感じます
まず、距離。今回、中国地方の出身かつ、大学もそちらに
ある学生さんと、縁ができたのですね
それは、やっぱりオンラインで行った、会社説明会がひとつの
キーポイントになっています


オンラインでも、一定のことはできる、という認識が
できれば、コミュニケーションを改善する、きっかけに
できるかもしれません


そうはいっても・・・
なかなか、言うは易し、ともやっぱり
言えますかね

意識を変える

意識化の原則、ということを、聞いたことがありますか
私は、スポーツ、テニスのコーチからこの言葉を聞いて
なるほど、と、思いました
練習する、(試合もそうかも)そのときに、自分はいま、なにを
しようとしてるのか?ということを、意識する
ということです


あたりまえのようで、なんとなく、やってるってことが
あるように思うのです
ストロークの練習。トップスピンをかけて、サービスライン近くに
いる、前衛の足元にボールを返す。そのためには
トップスピンの高さのピークは、ネットより前にないと
そうならない。そのように意識してボールを打つ。


アンダースピンの、ストローク。このいまの練習時間には
いかにスピンをかけるか、ではなく、あくまでもコントロール
重視して、ボールを打つ


こうした、なにをしようとしてるのか
これを、意識するということです


意識を変えれば、行動が変わるのです


仕事で、なにか、足らないという指摘がでることが
ありますね。書類を作ったとして、その書類なぜ作っていて
その目的に足る、ものになってるのか?


自分のことを、報告する、いまどきなら、パワポでしょうか
書類を作るとします。現状から、一歩、成長するためになにをするか
そうした趣旨としましょう


ここで、現状を確認し、たとえば、半年、1年で自分はどう変わる(成長)
するのか、ということを、目的としてるとしたら
まず、現状認識と、その変わる方向があってるのか?
ということが、とても、気になります


企業のなかで、人事評価、といったことがなされます
ここで、いまどうなのか、どういう方向に、自分を向けて努力
するのか?半年後どうなってる、なにをやるといったことを
合意する。ここがスタートです
ところが、この合意したことが、あいまいなまま、半年たったから
なにか一般的な、いいことはこれ、悪いことはこれ、みたいな
ことを思いながら、面談すると、つながりはわからないし
あれ、基準はどこにあるんだ、なんてことになります


意識して、行動を変える
このことが、企業として、やってほしいことの、ひとつの「軸」
として、存在すると思います


対人対応力ということを、思います
一番最初は、ご両親との接触ということだと思います
ご両親から、必要な愛情を注がれて、育ってくると
少なくとも、「人って、あたたかい」であるとか
「まず、信じてみよう」という、ベースになる態度が自然と
備わると、感じます


対人対応力ということを、思うとき、あるなにか出来事が
あったときに、そこから、学ぶことができるのか
ということに、気持ちが行きます


やっぱり、スポーツを例にとれば、テニスで試合に負けたとして
自己分析し、まず、アグレッシブな気持ちが足らなかったであるとか
自分の得意なショットを、大事なときに仕えたかなとか
反省し、次の試合に生かす。これがいい態度です


仕事においても、打合せにおいて、うまく自分の言いたいことが
伝えられなかった?なぜ?といって
その大本に、まず指示された仕事について、自分の取り組みが
十分でない。指示された背景が、しっかり認識できてない・・・
打ち合わせにおいて、相手が指示してること、その背景を受け取るために
自分のできること、知ってることなど、しっかりすりあわせておいて
必要な情報をもうら、こうしたベーシックなことにいきあたる


ひとつの事象は、かならず、つながっていくのですよね

世代のギャップを感じながら

もう10年以上まえのこと、SNSに自分の少年時代のことを
ちょっと書いたら
「わー、3丁目の夕日の世界ですね」なる、コメントもらって
へーって思ったことがあります


確かに、地域社会はまだまだ、元気(に見えた)
だから、近所のおじさんは、しっかり自分のことも
知っていて、しかってくれたりしたし
いっしょに遊ぶ、高学年の子供は、遊び方
けんかのしかたのイロハは教えてくれたように
思うのです


それから、もう50年近い年月。世の中変わってあたりまえ
かもしれないですが、いまの世の中の子供たち、はたして
どんななんでしょう?


自分も50代の後半になりまして、二回りつまり20才以上
歳の離れた人と話すのが、どうも、ずれが多くてと思うのは
どうも、本など読むと、どの時代にもあったことのようです
それが、くやしいとか、いやだとか、言ってる場合じゃない
自分の立場、仕事があります


はたして、いまの20代、30代の人にどんな言葉で
声掛けすることで、彼らの気持ちに響くのか?
これは永遠といっていい、テーマなのです


ずっとやってること。それは「成長しよう」という
声掛けです
どうも、私自身が育った昭和40年代、50年代(は途中かな?)
というのは、かなり、世界中みても、おそらく歴史でみても
まれにみる、特殊といっていい、平等で、みんなが
これから未来は明るくなると、信じられた、いい時代だったと
言えるように思えてきました


その反対で、いまからさかのぼって、20年とかは、経済成長はない
ゆえ、親より、豊かになれない、けど、いまの自分はそこそこ
豊かといった、状況ですね
未来が必ずしも明るくない。そして、「階層」といったものが
できてしまってようにも、見えるのです
その階層を超えてやろうというのは、どうも、無謀な行為のように
扱われてるようです


階層を超えるって、普通、自分の努力で豊かに、明るい未来を
作れると思うのが、自分の10代の普通ともいえると思うのに
なんなのだろう。


成長しよう。理想を掲げよう
このことは、少しは、20代、30代の人に伝わるようです
自分たちがどう生きるかといったときに、成長したい、というは
偽らざる、気持ちでしょう
ところが、成長するのに、はたして、どんな努力をすればいいのか
皆目わからない、と、なるようなのです


本は読まない(読めない?)だから、ネットで検索するに
してもそのベースとなる、思考が貧弱ゆえ、うまくネットも
使えない
人から、聞く話を、想像力をもって聞くことができない
想像力が貧弱というのも、あれって思うほど、そうなのです


歴史や、文化、そうした、知識が圧倒的に足りていないゆえ
世の中で起きてることの意味を俯瞰して、考えるなんて無理


でも成長はしたい


成長する。成長しつづけることで、なにかが見えてくる
それは、そうなのです
だから、なんでもいいから、勉強して、感性を磨いてほしいなと
思います


おーい、成長しようぜ、そのためにすること、筋トレみたいなことも
貪欲にしようぜ