仕事のごほうびは仕事

理想のSEがすること

→新しい技術にふれるそのための時間
(ひとりの人の心がけじゃんともなるのですが)

→それを共有、シェアして刺激しあう

ここが大事とする(仮定)

そうだとすると、「新しい技術の有用性」という観点で
ディスカッションが行われて、そのディスの質が
保たれるとなると、それでもう「価値」
といっていい、場になると、想像します


さて、どうしたら、そういう場を持てますか?
時間と場所と人、そして、それが続く、続けられるなにかが
必要ですね


なにか、というのは、会社の存在、と、つい会社を
経営してる自分としては、結び付けたくなるのですが
一度、ここで立ち止まりましょう


いま、かつての企業がやることなどは、やっぱり「限界」を
感じますね
そういう限界があるのが、わかっていて、ここで会社に
結び付けてしまうと、限界ありき、の話になります
もっとも、現実的には、そうした進め方しか、見えてこない
ということもあるのですがね


今日のこの話の、続きとしては、会社、企業のという
ワクはあえて、とっぱらっちゃいましょう


時間と場所と人、そして、それが続く、続けられるなにか


この点、純粋な方向で、技術をつきつめるとなれば
やっぱり、知りたい好奇心、感じたい、なにか、たとえば
ものづくりの心、そのもの、でないと純粋でなくて
そこは、純粋にであればあるほど、ハードルはあがるでしょう


そうでない、やっぱり、なにかの「ワク」はでるのでしょうが
可能な限り、採算とかはとっぱらっておいて
となれば、時間とか、人の制約もでるでしょうが
一定のことを、やるのは見えてくる感じもします


世の中に、ニーズはあるといっていいですね
そういうことを、やりたい人、会社、そして世の中として
「変化」が必須だと思ってるということ


さて、仕事のごほうびは仕事、という考えをはじめて
こんなふうな、展開を試みたのですが、この話は、続けていける
ヒントがあるんでしょうかね?

高い理想

人はどういうときに、モチベーションがあがるのか
このことを、しばらく、ずっと考え続けたい
そういう気持ちになっています


いいチームを作ること
もちろん、意識して、見通しをたてて
いいチームを作るということが、とても大事と
思えるからです


「理想」ということを、思います
いいチームとは、ひとりひとりが「理想」をもって
ある部分メンバー同士がその重なったところの
実現に真剣に取り組んでるといえると思うからです


少しまえまでは、いいチームを作るにはいいリーダの
存在だ、と思っていました
いいえ、いいリーダは、いいメンバーによって
作られるそういうふうにも、思えてきたのです


いい人が、いいチームを作るともいえる


いいチームがいい人を作るともいえる


両方の面が見えてる、そういうチームこそ
本物ではないかって思えてきます


今年の頭に、社員に話したのは、自分が主導して
自分の意欲をだすということ。そして自分がだしたいときに
それができるということ。そういう自分になろう
と言いました


「高い」理想だと思います
だけど、仕事していたら、そうした「意欲喚起」
ということを、ちょっとくらいはだれしもがする
ということだ、とも思うのです


いい仕事をした人が、言います
なぜ、素晴らしい仕事ができたのか、そのときのチームの
メンバーに恵まれたことがひとつですと。
そういう、メンバーになりたいと思います
そういうメンバーになる、なれる自分でいたいと思います


チームビルディング、リーダーシップ
いままでも、考えてきた、いろいろですが
もっと、高いものを目指して
考え続けたい、そういう気持ちになっています

野沢温泉

海、山の美しさ、温泉の温かさ、人のあたたかさ
これらは、日本の地方がもってる、宝物といっていいと
思います


今週末は、野沢温泉にいきます
日本の温泉の、よさがそのまま残ってると思えるような
場所です。日本で一番雪が多いといっていい
信越の県境になる山を抱き、その懐にもうそれは豊かに
熱く湧き出る、温泉の里です


大湯、と呼ばれる、温泉のここが中心かなと思われる
場所では、高い温度の源泉で、温泉卵が作られ、
地元の人は、野菜も温泉でゆでるという話も
聞きました


車がはいってこない、路地にお土産であり、野沢菜
売る店がつらなっています。温泉の里での楽しみの
ひとつに「外湯」といわれる、共同浴場
まわるということがあるのですが、そういう温泉客が
そぞろ歩きして、楽しめる、商店街があります


スキーをして、はりのある、筋肉も、この温泉に
はいれば、ほぐれます。成分は調べてないですが
温泉成分はとても、濃いです。そしてぜいたくな
かけ流しの湯です


この7,8年くらい、とても外国人、特に
欧米系、オーストラリアを中心とした人々が
ふえたのに、行くとびっくりします
いくつかの理由は、あるようですが、一番の理由は
日本人なら知ってる、この地方の温泉の、古き良き
雰囲気、人のあたたかさ、そのものの魅力が一番では
ないかって、思えてきました


たとえば、ヨーロッパでも、アルプスの山に抱かれたような
場所で、そのまま古い町並みを残し、古いものをじっと大事に
暮らしてる場所って、もう相当限られてしまうのでは
ないでしょうか?


日本でも、少なくなっているのは確かです
だけど、野沢温泉には、たっぷり残っています
スキー場があるということも、そのことを残す、いいひとつの
条件を満たしてるのかなとも、思います


野沢温泉の、ゲレンデにある、食堂で食事をしたりすると
おそらくは、自分たちより、ひとまわり、どうかするともっと
上のかたのグループに行き会うことがあります
どうも、たとえば、1月の後半とかに決めて、いわばスキーの
同窓会をしてるようなのです
そういうことが、似合うのも、野沢温泉かもしれません


旧友に会うというのは、お互いの元気なことを確かめ、楽しかったことを
回想する、いい時間ですね
まえも、このブログに書いたのですが、「回想する」というのは
ほんとに、素晴らしいいい時間だと思います
ある一定の年齢までは、回想する、それは過去を懐かしんで、未来志向じゃない
などと、ちょっと否定的にとらえる、自分がいたのですが
いいえ、逆です。自分の大事ないいところを、だせた瞬間を
しっかり思い出し、その再現ができる、自分でありつづけるそういうためにも
とっても貴重ないい行為だと、思えてきます


特に人を巻き込んで、なにかしらの、イベントをするときに
どんな巻き込み方があり、そうした準備、そうした試みがどんな成果を
生んだのか?このことを回想し、ある分は反省しておくというのは
次への準備そのものともいえる、いい時間です
またそうしたことが、前向きにとらえられる、いろいろを自分のなかに
取り込んでおきたいという気持ちも強くあります


なにか、野沢温泉に行くというのが、旧友に会うような、そんな
気持ちに近いものに、感じてきました
もうすぐ、行くよ。野沢温泉

パラリンピックに挑戦


11日のNHKでみた、アフリカの青年の夢の話です
母国の、ケガだったり、戦争?だったりで足をなくした
人の、希望となるため、義足の技術を学びに日本にきてる青年
彼は、あるとき、母国の知り合いの足をなくした人をみて
彼が、パラリンピックに出られれば、他の障害をもつ人の
希望の星になるにちがいない・・・


この夢をかなえるために、日本にも協力者がでて
いま、本当にパラリンピックに挑戦する、試みがはじまっている
最初、義足をつけて、37秒だった、100mが、21秒まで
縮まってるとのこと


こうした、挑戦であり、夢の話は素晴らしいですね
スポーツって、こういう挑戦のことを、言う、そして、夢、希望を
人に持ってほしいという願いは、なんてすがすがしく、
若者らしいといっていいのではないでしょうか?


若い人に、あるステージにたってもらい、自信をつけてなにかを
感じてほしい。感じたなにかから、次のステージを自分でみつける
またそうした、自分の成長ということを、実感できたら
自分で自分の目標を見つけられる、人になる。自分で仕事を
掘っていける、人になる
そういうことを、願って、少しずつ、そのステージを作ったり
ステージにたつ、ための準備をするといったことを、後押し
してきた、つもりがあります


なにが、まず、スタートにあるのか?ずいぶん、考えました
たとえば、「憧れ」
あんなふうになりたいな、そういう気持ちになる
そういう気持ちから、自分もやってみようかなと思う


たとえば、「逆境に立つ」ということ
なにかに、失敗するとか、大事な人との別れ、など
自分がへこむようなことから、いいや自分は、もっとなにかできる
なにかしたい、という気持ちが沸き起こる


東日本大震災、あってはならない、災害、大きな人命が失われ
いまもなお、心の傷を抱えて、生きてる人がいることに心が痛みます
そうなのですが、この災害があって、生き方をみつけるという
若い人がいるのも事実です
逆境が、ある人の生きるポジションを示した例とも言えます


ときどき、若い人に想像力を持とう、という話をします
相手の心の痛みだったり、喜びということを、受け取れる
感性ということを、大切にしようといいます


感性、ということ、生き方をどうするのかということに
つながっているのだと、感じるのです
感性を豊かにすることが、自分はどう生きていくのか
その道をみつけるのに、いいのだと、信じます


義足を作ってる、アフリカのあの青年の目はとても澄んでる
ように見えました
希望をもって、挑戦を続ける
いい、生き方だと思いました
人の生き方を、いいなと褒められる、これも感性だと思います
いい感性を養い、いい生き方をしたいですね

季節を愛でる

日本人は、四季を愛でるという、いい習慣がありますね
だけど、自分はというふうに、反省するとなかなか、季節を
楽しんでるというときが、少ない?とも、思えます


平安時代の才女、清少納言枕草子を書いて、おそらくは
文学として、これほど、季節を愛でて、また読んだ人も共感した
ものはないのではないか?
この古典が、日本人に四季を愛でることの、素晴らしさを伝え続けた
のではないか、と、想像します


今朝、寒梅が開いてるのをみました。冬の真っただ中、つぼみを
ふくらませ、ついに咲いた、と見える、梅のけなげな感じ


梅のこのけなげさ、というのも、日本人好みといっていいのでは
ないでしょうか?全然、その証といっていいことを、たどった
ことがないのですが、花見は、桜より梅が主流だった時代が
あると聞いたことがあります


いま、日の出は、一番遅く、日の入りは一番早いときからは十数分ほど
のびています。確実に夏に向かって、季節は進むのです。こうした寒いときは
夏のことを、懐かしみ、また夏には冬のことを、懐かしむ。こうしたことは
人間の、「ないものをほしがる」そういうことに、心がいく傾向なのでしょうか


横浜に生まれ育って、人から「寒い」ということを知らないのだよ
と言われたことがあります。寒いという概念は、横浜あたりに
住んでいたら、経験しない、ゆえ受け取れないのだ、というのですね
確かにそうかもしれません


前からそうですが、もちろん例外の日もあるのですが、冬は東京より1度か2度
あたたかく、夏は東京より1度くらい涼しいというのが、横浜です
もちろん、房総だったり、三浦半島にでかければ、そこは常春といわれる場所
もっとあたたかいということがあります


TJKの千葉の保養所、浜金谷の鋸山につらなる、丘にたってる、金谷城スポーツセンター
はくりかえし、行きます。千葉は半島だなと思うのは、やっぱり海が
近い。きっと島に住んでいたらもっとなのだろうなと思うのですが、海に
抱かれた、そういう感覚がでてきます
天気がよければ、海の向こうに富士山が望めます


季節を愛でること
冬であれば、まず、思うのは空気が澄んでるなかみる、夜明けですね
夜明け前の30分くらいでしょうか、見事なグラデーションになります
夜の藍色から、だんだん、青といっていい空気が広がり、日の出の
東の空は、紫からオレンジへの色の変化が素晴らしい


季節を愛でること
冬のあたたかい、食べ物を、楽しみたいですね
それから魚介類の一番おいしいとき。この季節ならではの
味覚を堪能したい


寒梅をみて、おいしいものを食べたら、だいぶ、満足できそうです
そのとき、を、楽しむ、そういう心の余裕を持ちたいですね

時間の使い方

ときどき、もっと集中するときは、そのための時間
また、どうしてもある、雑事を片付けるときはそのための時間
また、リラックスして、自由な発想を持ちたいときはそんなつもりで
といった、時間の使い方をもっとうまくなれたらと
思うときがあります


集中して考えるとき、というのは大事な時間なのですが
なかなか、気持ちとして、集中できないことが多いのも
やっぱり事実です
なぜかな?と思うと、ひとつには、雑事が追いかけてくる
ということ、とも、思ったりします
1時間とか、雑用的なことはいっさい、忘れて時間を作る
ということを、あえて、しています。そのくらいの時間を
作るのは、できるようになってる。


リラックスして、自由な発想をということも、最近
はじめてみました。人間はどうしても、習慣といったことに
しばられてるのを、感じます。いままでこうやったから
これでいい、そういうふうに振舞ってしまいがちです
そこに、実際、非効率だったり、無駄、また、リスクも
あるということがあるようです


自由な発想というのは、過去の成功例だとか、なにかの
思い込みだとかから、離れて、新しい発想を大事にする
ということです
そのこと、実際、世の中の流れ、技術の進化がとても速いなか
自分も変わるということに、うまくなることが求められてるのを
感じるのです


もう10年は立ったと思っています
自分の仕事の中心に、人材育成を置こうと決めました
つまり、人材育成ということを、いろんなことのなかで
優先順位を高く掲げるということです
そういう、優先順位を思う気持ちをもって、仕事していくと
見直したい、だったり、もっとなにか足らないものがあって
さがしたい、だったり、そういうことが、見えてきます


実際のところ、容易には変えられないこともはいってることは
ちょくちょくあります。だけど、人材育成に必要となれば
変えることに、躊躇するのは、うまくない。さてどうするか?


こうした、葛藤を続けながら、仕事しています
いい葛藤かなと思ったりもしつつ、考え続けます

配る、マネジメント

企業における、マネージャの役割は、配ること
なのです、と、本で読みました
そしていくつか、配るものがあるなかで
「マネジャーの仕事はたった1つ」 by 高木晴夫
のなかで、仕事の手応えを配るという、説明を
しています


そして、いま、仕事が細分化されてるなか、「補助の仕事」
また補助の補助の仕事があるなか、そうした、手応えを
直に感じにくい人に、手応えを配るということは
大事なことだと、続きます


この説明、思い当たることはありありです
そして、システム開発のいまのやり方の、大きな
やりにくさ(人の成長という観点からみて)ということが
ここにあるんだなと思ったのです


システムを作る、プログラミングは大事な仕事ですが
その単体テスト、またその単体テストのための
データ作成と、まさに新人とか、不慣れな人が
やれそうな仕事はあるのですが、それは、いわば補助の
仕事だったり、補助の補助の仕事、と言えそうです


目的、ということが、見えなくてもできる
だから、入り口としては、できそう、ともいえる
その代わり、大事な目的ということを、考えないという
状態が起こってしまうと、感じるのです


システムを作るのなら、目的を意識するということは
とっても大事なことです
システムを作ってるそのチームで、いまの為さなくてはならない
大事なことってなんなのかって、知っていることが大事です


チームとして、機能するためには、そういう情報を
しっかり配って、受け取っておくということが
大事です


受け取る側の、心がけとしては、できるだけ、仕事を
つなげてみるということになると思います
テスト、そのテストの準備にあたる、データ作成だったとしても
実際テストするときには、どう使われるのか
そのテストとは、どういう観点があるのか
そして、テストで、確認される、そのプログラムは
なんのために、作る、なにを実現するために、運用されるのか


想像でもいいということがありそうです
そう、すべてについて、その立場になっていないのに
つぶさにわかろうとするというのは、おそらくは時間がかかりすぎ
現実的ではないということも、でるからです


配り、受け取るための想像力も大事ということに
なります