鍋の話

冬の寒さが、やってきたといっていい
そういう気温、そういう風、そういう空が
あると思います


この季節の楽しみは、「鍋」だと思います
鍋があるから、冬を乗り切れるといっていいのでは
ないでしょうか?


去年から我が家の鍋にひとつ加わったものが
あります
白菜と、肉のみそ鍋
これ、実際は琵琶湖のほとりを旅したときに
出会った、とあるレストランでいただいた
鍋でした
ほんとうにシンプル、だからうまい
そう思ったのです


我が家は二人ですから食べられる量は
自ずと決まるのですが、それでも
ミニ白菜ならひとつまるごと、おそらく
大きい普通の白菜でも半分はいっぺんに
食べると思います


「みそ」というのもポイントですね
味噌を使う鍋は、カキなべとか、我が家で
いえば、キムチ鍋とかありますが、これだけ
シンプルでみそ味というのは、目から鱗でした


基本、ポン酢でいただく、鍋の汁には直接は
味付けしない鍋というのが、どうやら我が家の鍋の
基本になってるということがあります
それは、ぶたしゃぶに、もとがあります
のぶたしゃぶの応用編といっていい、魚しゃぶも
いいですね


ぶたしゃぶは、豚肉、豆腐、それから青菜でしょう
魚しゃぶは、範囲が広い。まぐろ、鮭という定番は
もちろん、貝のいろいろももちろんいいし
白身魚、も、とてもいい。そして魚卵ですかね


ぶたしゃぶもそうだし
我が家の、しょうゆで味付ける鍋の、大物とでも
いいたい、鶏皮鍋。これも事後の楽しみが
あります
ぶたしゃぶの、汁はそのまま、うどん、らーめん
そしてぞうすいにいいし
鶏皮鍋は、残ったら、次の日のランチは親子丼に
してしまおうとか楽しめます


鍋は、なにしろ、寒い時においしいのです
身体をあたためながら、野菜も肉も食べられる
とっても、栄養満点、寒い冬にもってこいの
強い味方なんですね


というわけで、冬の我が家の食卓は
鍋が相当な割合で、あがります
鍋があるから、ほんとうに、冬もまあまあいいなと
思えるといっていいです


もともと食いしん坊で、おいしいものを食べる
という楽しみを思うと、いやなこともどこかに
飛んでいくし、明日への活力をもらえると思っています
特に「鍋」ですね


上に書いた、はくさいの味噌鍋なんて
ほんとにそうですが、シンプルにすることが
うまくなるこつだといっていいと、感じています


実は、食材をどう一番うまくするかということが
料理の、基本軸といっていいのではないでしょうか?
それを忘れて、ひとつのやり方に、とどまってるということが
料理でもいっぱいありそうです
これは、ビジネスにも通じますね

魚の話

海のすぐ近くに住んでいたという
かつての、飲み仲間が
どんな魚が好きかといった話になり
いか、さば、と答えていたのを
思い出します


実際、プロの話で
高い魚がうまい魚とは限らないのだと
いいます


高いというのは、漁獲量が少ないから
マーケットで高くなるということで
実際、庶民の魚だと思う、サバ、アジ、イカ
これ、とってもうまいんだよと、続きます


お刺身で一杯なんてすごく好きだし
海鮮のおいしいやつは、目がないのですね


住んでる場所、鶴見で魚を買うとしたら
魚魚鮮(ととせん)という、大きなスーパーが
あります
できれば、こうした大きなスーパーとかでない
個人でやってるような、魚屋さんと仲良くなりたい
のですが、今のところ少なくとも歩いて行けるところには
ありません


先日、茅ヶ崎美術館に行ったおりにみつけた
魚卓 https://uotaku.jp/
ここは、ほんとにいいなと思う、近くだったら
通うと思う魚屋でした


そのとき買ったのは、
いさきのあぶり
鯛の湯引き
まぐろの赤身


でした
湯引きとか、あぶり(つまりは「たたき」ですよね)
こうした、食べ方を誰が考えたのか
日本の魚を食べる文化の奥深さ、豊かさ
ということを思います
もちろん、この湯引きにしても、あぶりにしても
その魚屋で手をいれてくれてる
だから信頼できるといっていいでしょう


ものもいいけど
威勢がいい
ぐぐったりすると、どうも社長さんらしい
若い、にいちゃんが声をだしています
「どれも新鮮、おいしいよ、もってって・・・」 
うん、魚屋ってこうでなくちゃね・・・


居酒屋で魚がうまい店
いまのところ新橋で一軒だけ、お気に入りが
あります
同じ魚、刺身でいきますか、焼きますか
それとも煮つけもありますよ
こんな会話があるということ
その魚のうまいところを、うまいと思うやり方で
食わしてくれる
そういう店です


こうした、海鮮の料理をいただくと
ほんとに、日本人に生まれてよかったと思います
刺身ほかで、お酒をいただくひとときの至福なこと
うれしくなりますね


季節は冬。まさにこうした魚がうまくなるとき
といっていいですね
そういう意味でも、日本は四季があって
寒い時には寒いときの楽しみがあるといっていいでしょう


今年の年末年始は、ちょっと長め
できれば、気の置けない人と、杯を傾け
ゆっくりと飲みたいな
そんなふうに思います

やりとりから学ぶ

「世界最高のチーム」 ピョートル・フェリクス・グジバチ


ここに書かれてる、ひとつの軸は「心理的安全性」
この心理的安全性ということが、気になって、数年経ちます
背景には、他人との距離感ということをうまくコントロールする
というのが、下手にみえる、平成生まれの人たちがいます


相手が、約束を守らない
相手がなにか、言うのがすごく気になる
なぜ、自分の伝えたいことが伝わらないか?


こうした、おそらくは、気にしても建設的には進まない
頭に浮かぶ、いろいろを、自分で気にしすぎて
前に進まないという、ことがありそうです


これ、実際は、誰にもあるのだと思います
あるとき、「気にしすぎる」ということがマイナスだと
気づいて、それからだんだんに、自分のことを自分で
守るだとか、コントロールするしかたというのを
覚えていって、なんとかするというのが
あるべき、社会人の姿といっていいでしょう


心理的安全性。相手になにかいっても大丈夫な自分が
いる。そういう感覚がもてる状態にお互いがなる
そのための、なんといったらいいか、ルール?でしょうか
一定の了解といっていいでしょうか


「世界最高のチーム」この本で書かれてる
チームの作り方


「やりとりすること」
「お試しでやってみること」


と読みます
そうだよと、うなづく自分がいます
人はやりとりから、学ぶ(山極先生)
これは、数十万年?いえもっと続けてきた、人間のDNAに
刻まれたことだと、山極先生の本から読みます


二足歩行というのは、食べ物を手にもって
一定以上の距離を移動するということに都合がよかった
そして、自分が得た食べ物を、いっしょに食べるときにこそ
言葉が(最初はジェスチャーだろうと想像)必要になって
人間は、発達したのだと、続きます


対話、やりとりをするから学べる
そうだとしたら、やりとりをしないと、チームは
生まれないと、読みます


お試しというのも、大切なやってみること
といっていいのではないでしょうか
お試しでやってみれば、理解が進むというこが
すごくあることに気が付きます


お試しでやってみて、おかしいと思ったら
修正するというやり方は、けっこう「使える」と
みます


お試しやりながら、やりとりする
これが、今変化がはげしくて、先がみえなくて
複雑あいまいといわれる、VUCA
Volatility
Uncertainty
Complexity
Ambiguity
があるという今、必要なことといっていいのでは
ないでしょうか


本を読むことから、なにを自分の栄養にして
いくのか?
この視点も気になるところです

ブログの効果

ときどき、自分のブログを読み返します
そのとき、そのときで思ったことが書かれてるわけですね
その思い出すということが、面白いといっていいです
人間は、結構「忘れる」ということがあります
だけど、ブログに書いておくと、あ、このとき
こんなふうな、感覚があったんだなと、面白いです


読み返すと、仕事でそのとき、気になっていたこと
気になるもそうですが、どうしてだろう、なぜ、計画が
うまくいかなくなるか?そしてうまくいかないって
ところに、誰かのこだわりだったり、思いというのが
あって、それを受け止められないであるとか
よかれと思って、なにか、サポートをするのだけど
うまく回らない事実とか
そんなこと


アートの話を、よくだします
そのとき、行った展覧会で感じたこと
図録の解説から、なるほど、だとか、ときには
前に読んで頭に残ってる、アートへの思いといったことと
今回みた、印象が、近いねとか、いいえ、それとまた別の
ことがあるねとか・・・


もちろん、というか、食いしん坊の自分
自分で料理するのもあるし、どこか、レストランで
食べた、なにかの感想、好きな蕎麦をあれこれの
話。また食に関する小説の印象などなど


実際、「ブログ」というからには、記録でしょ
みたいにとらえると、自分が感じていたこと
考えたことを、振り返るというのは、やったほうがいい
行動だと思います
振り返り、キープしたほうがよければ、そうするし
なにか改善できるなら、チャレンジするし、
あっと、こんなふうな考えは、今度はやらないほうがいい
とかわかります


立場がそうさせること
仕事で、誰かに指導するなんてことは、避けて通れない
ことだし、いいえ実際、やりたいことになります


ですが、指導するというのは、あたりまえですが
相手のことを、よくみないとできないこと
そのとき、気にしてるひとつの、ガイド的なものが
カウンセリングをするという態度で、接するということです


「対人援助」ということがあります
世の中の相当な割合の仕事って、この考えというのを
入れないと、うまくいかないと感じています


日本人は、「近い経験」「近い考え」をもつ人が
集まってるという感覚がありますね
ところが、やっぱり「世代」ということ
さらに世の中の変化の速さということが、気になります


世の中の変化の速さ、世代による、「ギャップ」というのは
どうも、日本だけではないようですね


ブログを楽しむ
こうした、いい感じは、できればいろんな人に
楽しんでほしいなと、そんなふうにも思います
ブログ、楽しいですよ

箱根賛歌

箱根、私にしたら、子供のときから
遊びにいく、場所というか
リゾートというか、なじみの、観光地といったら
いいか


箱根の魅力
それは、展望の聞く場所
もちろん、富士山という、対象物がみえるということが
あります


大観山、箱根の中心部といっていい、関所があるまわり
芦ノ湖畔、いいかえると、箱根駅伝のゴール地
ここから、車だったら、15分ほどでしょうか?
箱根は外輪山といっていい、古い噴火からできた
山に囲まれてるわけですが、その外輪山の一角に
名前のとおり、こここそ、富士をみるのに一番じゃないか
というスポットがあります


特に夕陽に映える富士の美しさを
みてほしいと思います
仮にこの時期に行くとしたら、防寒対策はばっちりで
どうぞ。湖畔より一段と気温は低いです


眺望、とくに、富士山をみるのなら、やっぱり山の上に
近いところがあがります


強羅と湖尻を結ぶ、ロープウェイがリニューアルされて、もう10年くらい
たったでしょうか?
強羅側、強羅からだと、ケーブルカーをへて、早雲山駅から
スターとするわけですが、だんだん高度があがり
ここだと、富士山が顔をだす、タイミングがあります
これが、いい。
確かロープウェイの設計者もわかっていて、音楽でも
盛り上げます


自分の認識としては、箱根はまさにそのとおりの
ポジション、つまり山(箱根は富士山)をみるのに
山(箱根の外輪山だったり、ロープウェイは今もある
噴火に近い、神山か)に上るということ
これ、箱根でなくて、信州の山々をみるようになって
覚えた、ところです


このブログでも何度も、信州の主に北アルプスを展望する
スポットを巡ったという、記述をしています
山をみるには、山、山までいかなくても高台にあがり
みてみるのが、いいということ
覚えました


箱根に行き、季節により、必ずお邪魔する場所
箱根湿性花園があります
もちろん、人間の手がはいっているのですが、みたところ
かなり、自然に近い形で、季節の花が楽しめます
箱根は標高1000メートルといったところにありますから
街中とは季節の訪れはかわります
思い出すだけで、ミズバショウニッコウキスゲ、ワレモコウ
サワギキョウ、等、目を楽しませてくれます


自然に近いところの花たちをみて、心和む気持ちになる
これはいつくらいから、できるようになった、楽しみでしょうか
季節をつげて、懸命に花を咲かす植物の姿は、愛おしいという感じが
しますね


展望と花を愛でる場所
箱根がいつまでも、楽しめる場所であってほしいと
思います

手紙の話

昨日、NHKのニュースにて
年賀状、今年は発売予定が、去年の30%減なのだと
やっています。アナウンサーが実は2年前に
年賀状を今年限りにします、という知らせ
だしてしまったけど、やっぱり寂しいし
復活しようかななどと、つぶやいています


普段、会わない人
年賀状だけでつながってる人
そういう人、年賀状やめたら、きっと忘れていくのだろうと
思います
それは、やっぱり、いやだし、自分は年賀状を
続けていくのだろうと思っています


2025年は、縁がある人、しばらくご無沙汰の人と
つながりなおして、とってもいいなという時間がもてた
とてもよかったと思っています
そういうことも含めても、年賀状だったり、自分は
だいたい十数人くらいの人と、たまにはがきを書いたり
していますが、そういう縁というのを、つなげていきたいなと
思っています


ゆるくつながっている
そういう、心地よさというのを、感じます
ステマーズでは、メルマガを10年以上やっています
実際、メルマガをみて、思い出していただき、縁を再びもらった
というお客様もいます


実際、仕事もそういう面がありますが
あるタイミングではぜひ、なにかつながっていたよかったとか
つながっていたから、できたということがある
だけど、別の場面では、そうでもない
そうしたことって、世の中には、結構あるんだと
思うのです


はがき、手紙のよさということを、思います
手紙と電話、どちらも、あっていいのですが
比べると、手紙のゆるさ、そして、時間的な余裕ということが
とても好きです
手紙、受け取って、自分の一番読みたいときに読めばいいし
なんども味わったりすればもっといいでしょう


電話は、其の場でこたえなければ、受け取れない
とてもその点で不自由だともいえます


そこそこ親しい人にも
これから電話で、話せますかと、LINEなりしておいて
それから電話で話すということが、増えました


電話というツールは必要なのですが
登場する場面は減りましたし、ビジネスはともかく
プライベートで電話は、もちろんしたいときはあるのですが
ちょっと特別感をもった、こと、として、存在するように
なったと、思います


人間はひとりでは生きられない
そして、おそらく日本人はそうした、ひとりでいきる
大変さというのを、あまり知らないで、ここまできてる
ものの本には、欧米の「個人主義」といったことが
一定以上徹底された、世の中では、ひとりでいきるって
大変ということが、しっかりわかってるから、そういう
(たとえば、連絡とりあう)文化があると読みます


人間、ひとりでは生きられない
そのことを、思って、手紙とかいろいろ、つながりたいのですね

カフェの話

旅先で、ちょっと一息いれたいとき
カフェを探します
スマホで検索することで、そこそこ、いい感じの
店がみつかるということがあります
食べログだったりの、口コミは、役に立ちますね


昨日仕事ででかけた、国分寺
少し時間があったので、カフェを探すことに
しました。胡桃堂喫茶店というのをみつけました
https://kurumido2017.jp/


入って、どうぞと案内してくれるスタッフの人の
自然な感じ
そして、空間がいいのです


空間がいいというのは、なんて大事なことだと
思います
もちろん、狭い日本、そんなに広くはお店が
できないなんて事情はあるのでしょうが
カフェにはいるなら、「一息つきたい」
という感覚があります
飲み物を飲むというのもありますが、一息つく
つまり深呼吸に近いこと、その場所で、ほっとしたい
そういう気持ちがある、といっていいと思います


空間、という意味では、よく使うところ
銀座の、カフェパウリスタは、とても気に入っています
また、スタッフが、オープンといったらいいか
なにか、気取っていたり、お客に余計な要求は
一切ない。どうぞ、自由に、好きなようにその場所を
楽しんでください。そういう心意気がある


好きな作家、原田ひ香に「古本食堂」という作品があります
シリーズになるかもしれません。
神保町の街の魅力、古本屋さんの楽しみ方みたいな
ちょっとだけ、ご当地小説といっていい、雰囲気です
この本を書く前、原田は古い店、喫茶店とかに
行くのが好き。だけどなかなか時間もとれない
それだったら、いっそ仕事にしてしまおうと、企画したと
新聞?だったかのコラムで読みました


コロナを経験して、自分として増えた楽しみに
コーヒーがあります
そう、それまでは忙しくて、コーヒーも味わって
いなかったのだと、そんなふうに思います
自宅で、仕事で一区切りというタイミングで、コーヒーを
いれます
自分の好きなブレンドなどみつけて、楽しみます


そんなふうに、コーヒーを楽しみだすと、マシンでいれる
チェーン店のコーヒーで満足できなくなってきます


一杯ずつ、ていねいにいれてもらった、専門店の
コーヒーがいいのです


神保町、実はまだ、お気に入りのコーヒー店
みつけられずにいます
実際は、客のほうのマナーの問題もあるかもしれないですが
先日はいった、お店は、やれ、おしゃべりするなとか
二人を超えての入店は遠慮しろとか、客の要求をだす
店でがっかりしました
こんなことも、観光地化が進む場所の、悲しい一面かも
しれないですが。


話はずっともどって、胡桃堂喫茶店
煎茶がメニューにあって、頼んでみました
甘く、ほんわかした気分にさせてくれる味でした
この一服で、あ、もう一度来たいなになったのです