過去を変える

過去は変えられる、という話を説明するのに
「マチネの終わりに」 平野啓一郎原作の映画の
なかで、主人公蒔野は、フーガという曲の不思議さを
だして、一度聞いた、最初の印象と、一連のものを
聞いたものでは、変わるものだと、説明します


過去が変えられる、このことは、たとえば、トラウマと
言えるような、痛い、ことが過去にあった人には
とてもいい、うれしいことかもしれないですし
大事な思い出を、抱えている人には、苦しいことかも
しれません


いま、私は五十代後半になり、親しくしていただいた
人のなかで、虹の向こうに行かれた方も、数名、でてきました
そうしたとき、思うのは、過去は変わるということに
あいまって、だんだん、過去は美しいものに近づくという
ことでしょうか


ひとつには、共通の懐かしい、虹を渡った人を知ってる
そういうときに、いっしょに思い出すときに、つい
やっぱり、美しく、楽しかったことを思い出すという
傾向があるということでしょう


どうかすると、ただ、思い出して、うれしいとなって
それで終わると、ちょっと実際と変わってしまいすぎ
ということもありそうです
実際、「利害」といったことにつながっていると
あるとき、むきだしの過去と、出会わなければならなくて
また、苦しいなんてことになることを、想像します


マチネの終わりに、のなかで、もうひとりの主人公
洋子は、いいます
自分が幼いころ、ままごと遊びをした、石があります
その石に、祖母が頭をぶつけて、しまって、それがもとで
亡くなりました。


このことは、幼い、ほんわかした記憶というのが
変わってしまう、例として、扱われます


人間、大事にしてる記憶というのがあって、変わる
というのは、つらいときがあるものです


あるとき、テレビ、ファミリーヒストリーでした
有名人の祖母か曾祖母にあたる人の映像が流れました
そのなかで、その高齢の女性は「人間にとって、一番
素晴らしいことは、歳をとることです」と高らかに
言ったのです
学校の先生をながくなさっていて、ずいぶんたって
退職して、時間もたって、おそらくは80代か
というころに、しっかり、明言したのです


こういう生き方をできるというのは、それこそ
須原らしいことだと、わかります
自分のしてきたことを、肯定、自画自賛ですね


できれば、粉飾決算でない、過去をみつめて
その意味をかみしめ、一方で、気が付かなかった
大事なことを、みつけらえる。そういう態度で
いたいですね

季節を感じて

今朝、起きてみると、空が青いのです
その青は、7月とどこかちがって、いて、おそらくは
秋に近づいたのだと、感じるのです


秋というのは、実りの秋、といういい、プラスの
イメージもあるのですが、一年が終わっていく、そうした
もの悲しさ、も伴う、いい季節ですね


今年は、6月に一日、有給休暇をとった、おかげで
あじさいを、じっくり見る、時間ができました
鎌倉の近くに住んでいて、明月院というあじさいで有名
鎌倉の寺の、ひとつの典型のように、思える寺があります
このお寺、あじさいの季節に行くとなれば、たいへんな人気
ゆえ、人の波の中を歩くということを覚悟して、と
なるのですね
今年、平日に訪れてみました
それでも、多くの人がいました
そして、しばらくぶりの訪問なのですが、その花や庭園の
手入れの良さに、気持ちがすっとしました


明月院をみて、これも平日だから、空いてるかなという
感覚で、鎌倉山の雷亭にいってみました
いいえ、ここもそこそこいっぱいです。やっとのすきまに
車をとめて、これまた、お寺の境内のように思える庭園を
歩くと、あじさいです
こうして、鎌倉でダブルのあじさいを楽しむというのは
ずいぶんできてなかったように、思いました


戸塚の豪農の家を移築したという、雷亭の母屋で
おそばをいただき、高い天井のその場所でしばし
ゆっくりいたしました


6月は、鎌倉で、今朝は、住んでる場所の鶴見川のほとりで
季節を感じています


感じている、そういうことが、大事とこのところ
とても、思います
枕草子(実際先日、図書館で枕草子ひもとくと、教科書に
でてくるのは、まさに第一段だけ。長い随筆の一部分なのだと
思いました)を残した、彼女が、「いとをかし」と
いうような、あれ、です


人間は生きていれば、いろんなことが起こります
楽しいこと、悲しいこと、煩わしいこと、困ったこと
誇らしいこと
そして、そうしたことは、もちろん人との関係性
ということもおおきいのですが、やっぱり最大の感じ方の
中心は自分自身の心の在り方によると、思うのです


物事には二面性があります
楽しい、うれしいことも、喜んでばかりいられない要素
というのは、はいるし、悲しい出来事、困った出来事も
見方を変えると、必要と思えてくること


できれば、かならいの部分を、ポジティブシンキングして
季節を感じながら、丁寧に、過ごしたいと思います

つくつくほーし

鎌倉の寺を歩くのが好きです
一番好きな、寺は、瑞泉寺といいます
鎌倉駅から行くのなら、バスが途中まであります
鎌倉宮という、大きな神社のあるところまで
バスでいけます。そこからなら、10分くらいでしょうか
でも、元気で天気がよいなら、全行程、30分ほどですから
歩いたらいいと思います


庭園が、心を休めてくれると、感じます
夢想国司、の作庭と聞きます
天龍寺や、苔寺も手掛けた、夢想国司さん
素晴らしいです。日本の庭園のひとつの理想、大胆にして繊細
この言葉は、こういうことを言うのか?と感じるのです


てのひらにとうぶをのせて、いそいそと、いつもの角をまがってかえる

山崎方代


こうした、句だったり、その著作の一節が、境内に碑として
たちます。そのことも、なにか、大事なことを忘れていて
ふっと思い出させてくれるような、思いがします


去年の暑い日、瑞泉寺で、しばし深呼吸していたことを
思い出します。8月も半ばをすぎたころでした
境内には、つくつくほうしが、たくさん、鳴いています
つくつくほうし・・・つくつくほうし


ふと気が付くと
ほーしつくつく ほーしつくつく・・・・


そしてその声は、暑さで少しうとうとしてきた自分の意識の
なかで、「生きよ、強く強く・・・」と聞こえてきたのです


生きることは、苦楽しい、(くるたのしい)と、河合隼雄先生は
その著書で書いています
家族といるというのは、苦しいことも楽しいこともある
生きることもそうなのだと。


生きるということの、大原則に生きてるから、その生きてることを
より充実させようという、ことがあると思っています


充実、つまりは力強く生きること


人間は孤独なものです
孤独ということを、忘れていたいのが人間ですが、実際孤独です
そうしたときに、やっぱりときどき、話して、お互いの一部でも
いい、わかりあえると思える、仲間がほしい。
そうしたことも、生きていればこそ、できることだと思います


よりよく生きる。
だったらい、仲間、もしくは仲間になれるかもと、思う人と
話し合い、やりとりしながら、試行錯誤してみる
それが、生きるということじゃないか?


先日の学生さんとの、ミニイベントにて、ロダンって芸術ですか?
っていうことを、つぶやいた人がいて、そうした感性がいいと
感じたことをそのまま、言える、そうしたことから、いいやりとりに
なると、言えるのではないでしょうかね


生きよ、強く
生きよ、強く強く強く
ほーし、つくつく
ほーし、つくつくつく・・・

サンドイッチとテレワーク

コンビニで、朝ごはんを買うときというのが
年に何度か、あります。出かける朝ですね
朝の時間、新幹線が決まっていたりして、時間がない
朝ごはんの時間をショートカット。


コンビニの朝ごはんは
おきまりがあります
サンドイッチなら、レタス、卵、ハム
おにぎりなら、梅、明太子
それにやっぱりあったかいものもうれしいので
肉まんあたりが、定番。


テレワークが多くなって、サンドイッチはよく食べます
今度は、昼ごはんの時間を、どううまくつかうのか?
そういう話になり、サンドイッチがすでにある(買ってくるとか
でもなく)これは、安心です


私の作るサンドイッチは

ハム(これを欠かしたことはありません)

バナナ
ポテサラ
このあたりが、定番
これに、バリエーションで

しらす
サラミ
高菜

それから、たまに「フムス」などが登場します


フムス、ホンモスとかフンムスとかとも言うそうです
中東で、とても人気のある、豆料理ですね
もとは、ひよこ豆のようですが、我が家では、大豆で
作ります
乾燥した大豆からだと、そこそこ、時間はかかります
だけど、フードプロセッサがあれば、失敗なしの
お手軽、そして栄養のとれる、料理で、ここのところ
気に入っています


テレワークしてるとき、昼ご飯で、気分を変えたい
そういうときは、作るとか、食べにでかけるといった
ことがあったほうが、もちろん、気分は変わりますね
でも、なにかいい感じで、自分のなかで、集中できてるとき
このまま、昼を乗り切って、なにかしたい・・・
そんなときは、できるだけ手間をかけない、そういうことが
ほしいもの。サンドイッチは強い味方ですね


昨日、テレワークとか、オンラインでの打合せ、飲み会のことを
仲のいい人と、ちょっと意見交換することがありました
「コミュニケーションの量」という意味では、リアルに会うのと
オンラインで、だとかは、まったく比較にならないくらい
リアルに会ったほうがいい


まあ、このブログにも書いたのですが、1:1のオンラインの打合せ
だったりすると、結構それはそれ、親しくやれるという、こと
確か作家さんが書いていて?
そのとき、書いたかどうか忘れましたが、やっぱりその作家が女性
だったこともあり、女性のひとつの能力の高いところといった
書き方をしたのかな?
そうでなくて、その人の性別でない、つまりは人間として作家としての
内容の厚さということがそうできる、ともとれますね


昨日の仲良しに言ったのは、「仕事」という観点だけでいえば
テレワークするより、出勤してオフィスのほうがなんぼか
いいと思うのは、確か。
すくなくとも、私として、気持ちというか、精神面でいうところの
疲労感は、テレワークのほうが大きいようにも思っています


さてさて。
今日もテレワーク。
サンドイッチを楽しみに、まずは午前、乗り切りますかね

夢中になって、やってみよう

スポーツ選手を応援したくなる、気持ちのなかに
「こんなに、一生懸命、やってるのだから、いい成果に
結び付けてほしい」そういった、真剣な行動への賞賛、
であり、寄り添いたい気持ちの表れがあると、思います


いいかえれば、夢中になることへのあこがれ、ということが
あるのではないでしょうか?
昨日、オリンピックでメダルを取った人への、誉め言葉であり
今後への期待として、子供たちが、自分もやってみたい
という挑戦に向かうきっかけを作ってるというコメントを
言った、オリンピックメダリストがいました


夢中になることが、できない
自分は、どうやって、生きてる実感といったことを
つかむか、わからない
こうした、声を聴くときが、ときどきあると、感じます
いいえ、行動をみていて、なぜ、もう一歩ふんばれないか
なぜ、もう少し考え、工夫をしてみないか?
そうしたことから、この人は、ほんとにこの仕事がやりたいのかな
そういう考えに、行くということが、でます


できれば、夢中になる、であるとか
仕事の面白さを感じて、もっとやりたくなる
そうしたことができる、お手伝いをしたい、そう思って
行動します


いままで、それは傾聴ということ、観察ということ
それから、1;1の対話ということを、通じて
一定のところはできるのではないか?と思ってやってきました
そして、会社という場でそういうことをやるのなら、自分が
そうしたことをやる、のみならず、共感してくれる人を
作り出して、自分以外にも、傾聴し、観察し、対話して
社員の人を、元気にし、夢中になれる仕事をいっしょに
見出すという、ことを、やる、それが必要だと感じています


昨日、社員の人、それから来年入社予定の内定者の人と
話していました
内定者の人に、与えた課題があります
「私が芸術について、語るなら」 千住博
この本を読んできて、考えたこと、感じたことを
言ってみようということでした


ひとつ、例をあげると、本のなかで
千住は、(画家は)色や形がうまくかける
ということが、必ずしも、大事ではなくて
いつも、スケッチブックと描くものを、肌身離さず
もっていて、絵を描き続けるということ
そういうことが継続できることこそ、大事なのですと
書いています


いま、50代後半(千住さんも年齢は近いかもしれません)
になってる私には、この本の意味がすごく、心に響きます
生き方、その姿勢こそ、またその姿勢をますます、確かに
していくそういうことこそ、大事なのだと。


そうしていくことで、出会いが、本当に大事な出会いになり
心が、強く、ちょっとやそっとじゃくじけない
やりたいことに、まっすぐ向かっていけるそういう自分を
作り出していけるのだ
そう言いたいです


ですが、昨日の社員の懇親の場では、私が思ったことを
伝えるというより、本人が考えたことを、出したい
感じてもらう場です


私が思うそのとおりでなくてもいい
なにかを、感じて、それを深めてくれたらとてもいいことです

技術者はどう生きるのか

いま、技術の進化ということは、すごく早いのだと
言われています。それがITの世界といっていいのか
遺伝子といった分野といっていいのか?複合のいろいろだとも
言えて、そうなのでしょう


この変化をみて、遅れまいと思うのが、やっぱり人間の気持ち
といっていいかもしれません
ただ、ITの分野でいえば、AIといったことも、すべてが新しくて
素晴らしいと、思いこむのは、時期尚早ともいえて、なにが
できるのか、できないのか、見極めるのが大事とも
言えそうです


もう数年前の話です
VRの分野で、特に、「触覚」ということに、研究の対象を
あてているという、大学の先生と会うことがありました
そのとき、ある本には、たとえば、車のボンネットであるとか
高精度のレンズの仕上げ。こういうことは手作業に頼る
という話があります。なぜでしょう?いまの精度があがった
なにかを使えば、手作業を上回る、仕事をコンピュータに
させるって可能・・・
そういう話をしたときに、その大学の先生は、ぴしゃり。
「データがないのですよ」と説明されました


世の中のこと、データ化するってことは、そこそこ
進んでるとも見えて、実は全然できてない、ということ
そういう分野、対象もあるのだということが、わかります


似てる話で、人間の感情ということ、これを分析、などといったら
データとして???もちろん、割り切り、とかで一部分はできると
しても、できないところもまだまだ残るということが
想像できます


ここで、技術の進歩も、できないところがあるっていうエビデンス
だして、安心しようという話をしようというのでは
ありません
技術万能という考えが、危ういということを言いたいのですね


私たちは、SEの仕事をしていく会社といっていいでしょう
どうやって、いいSEを育てるのか?
この問いは、私たちのような会社では、古くて新しい課題といって
いいのです
かなりまえ、私が転職してすぐくらいでした
そのころ、親しくなったシステム会社の幹部の人に
「業務のわかるSE」を育てるのがいいという、ヒントを
もらいました


確かに、業務アプリケーションを受託するという仕事を
していくとしたら、まさに、正解といっていい、話でしょう


コンピュータをどう利用しようかということが、わかっている
そういう、目的をとらえることができる人材。これが
仕事していくのに、特に業務アプリといった世界では
とても有効。


一方、技術者はどう生きたらいいか
といった、もっと、範囲を広くした問いに答えていくには
「生き方」といったことが、どうしてもはずせなくなります
生き方、その価値観といったことを、一定のところ、同じ方向は
認めるという、くくりくらいで、いっしょにしておかないと
なにもできない、そういう話の流れになります


若いときに、あいつとおれは価値観が違う・・・
そんなことは、あたりまえのあたりまえなのですが
それが話の終着点のように、思ったことを思い出します
価値観が違うのは、あたりまえ
だけど、違うなかで、この共通項、をみつけた
そしてこうした、方向で行動しようは、一致した
そういうことを、みつける作業、それが、生き方を
作ってく、大事なことだと言えるのに。


人間は、生きていかなくては、なにもはじまりません
生きていく。そのために「生活」ということが、やはり
大事と、言えるでしょう
いい生活をしていくことを、気にしていくということが
とても、大事なのです


新しい時代を生きるということは
なかなか、大変ですが、やっぱりわくわくすることも
ありますよ

選手の輝き

オリンピックで、選手が活躍しています
彼らの真剣な、表情をみていると、いかにこれまで
長く、厳しい戦いをやってきたのか?そういう気持ちに
なります
とりわけ、自分のとの戦い。スポーツ選手であれば
結果として、相対する相手に勝つとか、タイムということに
でるとか、あるかもしれないけど、つまりは自分のとの戦い


こうした、すがすがしい、彼らの戦いを思うとき
ちょっとだけ、自分自身も戦おうと、思う、いい感じの
影響の受け方がでます


スポーツで、世界で戦う、選手と、自分。あまりにも
違わないか?いいえ、そこは共通点があるのですよ
同じ人間だし、同時代に生きてるのだから。この2点だけ
だって、すごい共通点です。そして、彼らをみて、応援してる
となれば、共通点はたくさん、みつかります


学校だったり、職場だったり。必ずなにかするときに
自分の意思はどこにあるのか?確認する場面ってあると
思います。仕事していくなら、自分が納得する仕事したいなら
確実に、自分と向き合い、いままでの自分を乗り越えていく
そういうことが、求められるのではないでしょうか?


仕事するのに、大事なことは、「なんとなく」やらない
ことです。目標をもって、こうしたい、ああいう活躍は
するぞ、ということを、スケジュールをきめて、やっていく
ということが、大事です


営業的な仕事も、技術的な仕事も、管理的な仕事もそれぞれ
目標をもって、やるということが、大事です


明確に、どこでわけられるのか?ということはありますが
一定の線、自分の分を仕事できるようになると、顔つきが
変わると思っています
仕事してる、顔になる、ということですね


オリンピックで、すばらしく、そのタイミングで持ってる力を
だして、活躍し、さらに輝く人がいます
一方で、うまく自分の力をだせずに、敗退する人もいます
金メダルをとった人がいれば、その金メダルを取った人に
負けた選手が必ず存在するのです


彼らの挑戦に拍手。そして、そのトレーニングそのものが
生きてると感じた、時間があるのでしょう。そうした
素晴らしい生き方に拍手。


生きてるのだから、よりよく生きようとする
これは健全な考えで、こうしたことがいいと認められる
自分だったり、世の中だったり、そういうことを望みます


よりよく生きようとする、人が、生きていていいな
公平でチャンスがあり、挑戦しがいがあるな
そういう感覚が持てる、世の中であってほしいと思います


オリンピックで、選手の活躍がみれるのはうれしいことです
実際のところ、試合など、見ていていいのかな?
そんな思いにとらわれて、ずっと開幕までいました
この祭典を、素直にいいと思えなかったゆえの、もやもや
きっと、このもやもやは消えない。
それでも、選手をみれば、やっぱり元気もらえるようです


活躍する、そういう場にいる人たちに、エールを
送りたい。素晴らしい、時間をもってください
いい生き方を、ぼくらにも、みせてください