自分だけで仕事はしない

他人にものを頼むときには、迷いがありますね
自分でやったほうがいい、そういうことは
そんなところからも、でるのだと思うのです
ところが、まわりにいる人を、使っていく
いっしょに仕事していくという、スタンスをもって
仕事していかないと、いつまでたっても、自分だけで
仕事するということになって、つまりは学びも減ってしまう
仕事の質が下がってしまうということになります


人を使って仕事をするということは、自分だけで
やるというより、難易度が高いのですね
まして、指示されたほうの人も満足度が高いものに
なっていくとなると、さらにハードルはあがると
いっていいです
ですが、複雑でいろんな要素があり、変化しつづける
といったことに取り組むことが求められる今
他人と仕事するというのは、必須でしょう


どうしたらいっしょに仕事して、その効果を
あげていくかということ
やっぱりここは「学び」だと感じます


半年前くらいでした。テレビで、二人でひとつの業務
それもマネジメントをするという、内容を紹介していました
ワークシェアリングといった内容です。そして二人でやる
ほうが、質があがるというのですね。それは専門性をもった
二人が協力するということで、意見を週に一度は念入りに
交換するということが、二人のなかに学びが生まれるのだ
と説明されています


こうした学びあうということは、とても大事なのですね
まして、日本でいえば平成生まれ以降の人
言い方を変えれば、デジタルネイティブさんたち
どうも、人と距離感をうまくとるというのが、下手なのだと
感じるのです
〇〇が下手という書き方をすると、どうも上から目線となって
この文章を読むあなたが、その対象の年齢だとすれば
え、ちょっとやだなと見えるかもしれません


いいえ、若い人はもちろん、若い人のよさもあるでしょう
ただ、人と距離感といったりするのは、やっぱりほぼ全員が
スマホで連絡を取り合うような、そういう時代に育てば
家族間の距離の感覚もそのまえよりぐっとかわってしまって
なかなかリアルな空間においての、どうするというのが
変わるし、つまりは減るということがありますから
経験値そのものが、足りないのですね


人とつながる、人と出会う
そういうことが、人の成長にはとってもとっても大事です
ここをいくら強調してもしきれない、そういうふうに思います
そして、人となにかしらつながっていったら、いいものを
もらうということなんですね


チームで仕事すること
このことを意識するなら、いかにして、まずは安心して
相手が仕事できるか、そういうことを、セッティングする
ということになるでしょう
また、相手のできることのちょっとだけそのうえのレベルを
目指すように指示をだす、こういうこともとっても大事です


人間は生きていれば、うれしいこと、素晴らしいこと
出会えます。そのなにかしら、自分に起こることを
ああ、これっていいレッスンだと思って生きることが
できるのか?
そういう態度をキープできるか?
大事ですね

人間は何歳になっても、学べます

人間は何歳になっても、スポーツをし、さらに練習すれば
うまくなるんだよ
このことを聞いて、すごく勇気づけらました
そして、テニスだとかスキーだとか練習すればうまくなると
60歳を超えて、実感があります
ただ、「どんどん練習をする」ということは、体力?としてどう
なのとなって、すごくうまくはなっていませんけど・・・


脳も筋肉の一種だろうという意味から
考えると、考えることだったり、心のバランスをとる
といったことは、やればやるほど、うまくなる、高めることが
できる、といっていいのではないかと、感じます


毎朝、ウォーキングをします
ウォーキングすることで、血流がよくなり、身体が活性化するのを
感じます
そうすることで、気持ちもあがり、いい考えといったことが
できる、そういう感覚に自分がなっていきます


めげない、ということは、価値あることだと
だいぶ前から思い始めました


かなり好きな漫画の「エースをねらえ」の主人公
岡ひろみ、この主人公の最大の武器は、めげないことといって
いいのではないでしょうか
めげないで、鬼のようなコーチの練習についていく
めげないで、憧れの先輩と、やりとりし、ついには
その先輩を超えていく
試合で勝って、おごらず、試合に負けて、めげずに学ぶ


めげない、このことが大きな価値なのだと、思います


生きていて、大事なことは学ぶことだと言えます
学び、学びあい、仲間とつながる
こんな素敵な人生を、作ることができる、そういう可能性は
全員にあるといっていいでしょう


学ぶことで、いろんな世界がひろがります
学ぶことで、自分自身を認める、自己肯定感が強くなります


学び続けること、それはめげないこととくっついてると
いっていいのではないでしょうか?


スポーツをすること
脳を鍛えること(どんなことが有効かもっと試していきたい)
必ず、学びがあり
学ぶことの喜びを感じながら進んでいきたい


テニスやスキーを続けてきてよかったなと思います
またテニスや、スキーで仲間とつながるを、もっとやりたいな
と、思います


経営してる、システマーズで「学び」「学びあう」が大事と
何度も社員に語ります
もしかしたら、聞き流されてること、あるかもしれない
だけど、くりかえし、伝え続けます
自分が、やって、よかったことを伝え続けたい
それが、自己肯定ということにつながっていくと
感じています


若い人と会うということも、学びにつながります
素晴らしい可能性を感じると、うれしくなります

植物の種

河合隼雄先生はその著書のなかで、なにかしら、「育ち損ねた」
部分がある人について、「しまいこまれた種」という例えを
だして、説明します


たとえば、どこか引き出しの奥とかにしまいこまれた種
何十年、いいえもっとでもあると思います
そういう種について、適度な水、土、太陽を与えてやると
芽をだし、葉っぱを広げ、花を咲かせることができると
書かれています
人間もそうなのだと、続きます。なにかしら、育つことが
できなかったところに、安心できる環境、期待、声かけ
などがあることで、その部分が育っていく、治っていく


河合隼雄先生の、著書のなかで勧められたことがきっかけで
思い出のマーニー」という作品に出合いました
周りの人に心をひらけない、主人公、アンナ。だけど、ストーリィの
なかではじめて、自分にとって大事な人、マーニーに会い
そして、裏切られ、、また裏切った対象を許すという、行動をします


人に心を開けなかった人が、大切な人ができて、裏切られて許す
こうした、育っていなかった部分に、欲しかったもの、人を大切に思い
ときに、裏切りを責め、そして許す。こういう嵐のような時間があって
自分のなかの、気持ちに相対することができるようになる
まわりにも、感情をだすことができるようになる


河合先生は、小説というのは、なかなか自分自身ではそのままの体験が
できない事象というのを、身近に感じさせてくれる、素晴らしい教科書といった
ことを、書かれています


確かに、小説を通して、人との気持ちの持ち方、立場が違う人の
気持ちの汲み取り、といった大事なことを、学べたことがたくさん
あります
人間は立場でものを考え、感じるものです
ゆえ、立場が違う人というのは、なかなかその気持ちに触れる
ということが難しいですね
そこで、小説です


種にとっての、土、水、太陽
そうした、3要素といったことがあるとしたら人間にとって
どうなのか?もちろんそのとき、その人、その状況で変わるという
ことになるでしょうが、そうした「欲しい3要素」がわかるということが
人を支援する、という立場ではぜひほしいことになるだろうと
想像します


植物が、どんどん、若葉を広げて、緑の季節になりました
木のそばにいると、自然のいい物質が体にはいるといいます
そのあたりを意識して、森林浴という言葉もあります
木がだしてる、微小な物質、フィトンチッドといいますが
それを浴びるのです


こうした時間、そのよさを感じられる自分の状態というのを
よく覚えておいて、ときどき再現するということがほしいことです
そうした、自分の状態をあげるということがあって、対人支援といった
ときに、相手の気持ちも包める、ということがあるのだと、感じます

たかおゆうこ

絵本作家 たかおゆうこさんの、絵本の原画展を、信州の森のおうち
にて、見ます


ファンタジー。そうそう、そんなファンタジーが読みたかった
そう思う、ストーリィ、絵の面白さといっていいと思いました


おばあちゃんの家が信州にあり、信州にて時間を過ごしたことが
ある、たかおゆうこさんは、信州で見た「木」、「風景」ということが
ずっとある、自分のなかの表現したいイメージとしてあるのだと
感じます


絵本の楽しさ、面白さのひとつは、ファンタジーの世界観と
いっていいのではないでしょうか
自由な発想、やわらかな展開、キャラクターのどこまでも
みていたいといった、かわいさ、などなど


たとえば、小学生、いいえもっと年齢が下でいいかもしれません
そういう、ほんとにやわらかい、感性をもった人と読めたら
ものすごく楽しいとも思います


好きな絵本作家、荒井良二は、自分のいろいろが、なにか
硬くなってる?大人になってる?みたいなときに「子供シャワー」を
あびるといって、子供といっしょに、遊びまくるみたいな
ことをどこかでみました


実際、子供というのは、アーティストであり、ほんとにいい感性を
もってるといっていいかなと思います
大人というのは、実はそうした感性をどこかに置き忘れて
しまってるといってもいいかもしれないです


そして、大人も子供になれる、ということはあるんじゃないかなと
感じます
素晴らしい風景にふれる、木、山、海からパワーをもらえる
そんなふうな、人間本来のなにかしらをチャージしてもらって
実は大人は子供にかえるのだと、感じます


たかおゆうこさんの作品 うみのたからもの
この「貝」をテーマにした作品が、ぼくらを、原画展、そして
たかおゆうこさんに導くこととなりました
私の奥さんが、貝を集めるのが好きなんですね
そして、うみからのたからもの、このイメージが
そのまま、貝からなにかしらを感じるといったことに
共感できる、言葉があったといっていいです


人と出会い、作品と出会います
人は出会いということを通じて、喜び、また悲しみますね
信州は人をつなげてくれるところ、といっていいかもしれません


それは信州が、日本人がずっともっていた、人とつながるいいところを
残してるといっていいのかもしれません


また、信州に恋焦がれてる、そんな時間を持つことが
できました

台所の話

親しい人と話していて、その人の奥さんは台所のあれこれ
自分の思う通りやりたい、ゆえ、私が話してる、ご主人になにか
してもらうというのが、やっていない、やってほしくない
(と、少なくともご主人の側からは見える)らしいです


この話を聞いて、あれ、ご主人である、私の友人さん
それって、話し合って、そういうふうになってるってことですか?
なんてちゃちゃをいれたくなったこと、それからもうひとつ
実際、「自分の思う通りやりたい」これは、あっていいというか
台所のあれこれなんて、そういうもの、とも言えそうです
だれかが、メインで決めてるそういうことがないと混乱しそうです


食事を作るということは、楽しいのと苦しいのと両面ありますね
毎日、毎回の食事を作るということは、そのメニューを考えるだけ
だって、結構なエネルギーでしょう
メニューを考え、調理し、食べるということ。「食」はすべてに通じます


大変だと思うと苦しくなるのですが、楽しい面ももちろんあります
食材のおいしさに気づく、メニューを考える楽しさ、買い物の
ある面、ストレス発散という面。なにより、家族でおいしいねと
いって食べる時間。満足度とともに、生きててよかったとなる
時間といってもいいでしょう


そうした楽しさを独占して、自分が決められる立場にたつ
というのは、生き方にもつながる、大切なことだともいえます
そうした側面から、台所のあれこれは、自分が思う通りやりたい
となっていくというのは、「自然」といっていいでしょうね


今日はなにを作ろうか?
野菜はあるものを活かして、例えばサラダはどうだろう
メインの肉か魚はどうしよう。昨日近くのスーパーで「朝採れかつお」と
のぼりがたっていて、とっても期待したら、あんまり太っていないやつで
買うのをやめた。だけどカツオは旬がきてるね
あるサイクルで食べたくなる、餃子はどうだろう。手作りすれば
手作りの工数をかけただけ、おいしさを感じられる、いい料理と
いっていいでしょう・・・


こんなふうな想像、メニューをめぐる、いろいろをやるというのは
楽しいです
去年、NHKの「趣味どき」という番組で、紹介された、画家、牧野伊三夫氏
この人、「朝会」なるものを毎日やって、そのときに夕飯のおかずを
決めるといいます・・・
面白い
こうした、メニューの想像のあれこれも、おいしいもの好きな夫婦で
やったら、さぞ楽しいにちがいない・・・
我が家もとりれたいな、と思いました


台所のあれこれ、楽しいことがつまっています

若いとき

洲之内徹の「気まぐれ美術館」に、若いアーティストの
話があって、その若いアーティストの話の中に、洲之内のひとこと
「若いということは、いかがわしさを含むといっていい」
そんな文章を読み返してみて、ふん、そういうこといえそうだよなと
感じます


もしこの文章を読んでくれてるあなたが、若い人、いったん30代までに
しましょうか。そうだとしたら、ああ、年取った人の「やっかみ」みたいに
とらえるかもしれない
事実そういう部分は、若い人の感覚ではありそうだと思います
似たようなことを、少なくとも20代の自分は思っていました


まあ、そういう批判はあることは承知で続けます
なぜ、若いときが「いかがわしい」といった表現でつながるか
いかがわしい、というと、ちょっと感覚として、自分のものでは
ないので、あぶなっかしい、バランスがとれてない、といったことと
言い換えたいです


あぶなっかしいと思うのは、まず「対、人に対して」ということが
ありそうです。せっかくチャンス、せっかくある意味自分の味方に
なってくれる、そういう接触をしてるのに、その時間をぞんざいに扱ってる
そんなふうに見えることが、若い人をみてると、感じます


「対、人に対して」ということは「仕事」においてそうだとも
見えてきます。仕事をするってことはたいへんなことです
仕事をして、その対価をいただくというのは、相手に納得してもらう
ということが必要ですね
そのために、いろいろやるわけですが、若いときはそこに「甘え」が
でやすいですね
若いときだから、甘えがあっていい部分はあります
それを、一定のところは、許容してくれるでしょう
ですが、条件がありますね。それは、今後よくなっていく期待がある
そのことが条件だと思います


つまりは、甘えがあっていいのですが、精いっぱいやって、学びがあって
次は少し「マシ」になります。そういう姿勢でやれば、今度はもっと
いいように、協力しようとなるといっていいです


ときどき、「うつわ」を見に行きます
うつわ、という、目で見て、いいとかわかる、そういうものを
手作りする。そういう作家がいます
これはシビアな世界です
ですが、日本にはそういった、文化があります
感覚的には、何万人という、うつわ作家がいます
そして、その何割かは、それで「食っていける」ということ
これはほんとうにすごいことです


そうしたひとにぎりかもしれないですが、認められたスターのような
うつわ作家にあうと、やっぱり、単なるこだわりなどといったことを
超越した、よさ、うつわづくりに、人生をかけた、なにかというのが
伝わってきます


若いときというのは、「自分さがし」の時間といっていい
そういうことを、まじめに思って、自分を磨いてる、そうなら
応援したいと思います


いつか、上に書いたうつわ作家さんの、ように、生き方そのものが
いいなとなれるように、精いっぱい仕事だったり、生活に
チャレンジしたらいいと思います

人とつながること

人とつながる、ということ
企業を、運営していくとなれば、ぜひほしいこと
といえますし、生きていくというときに、ほしいこと
とも、言えそうです


人とのつながり、ということを思うとき、「温故知新」
という言葉がでてきます
そして、やっぱり友、というときに、確か10代でみた
サントリーウィスキーのCM
Friend,yes,I have,new,old,and old one…


ヒゲのおやじがいう、このセリフが思い出されます
いま、60代になり、古い友、もっと古い友
という気持ちが、そこそこわかる、自分として、人とつながり
友と呼べるということ、このうれしさ、というのが、自分の
心のなかで、これがほんとに大切でうれしいことだと、
くりかえし、くりかえし、でてくるのです


たいへんお世話になった人が、80代になっています
そして、70を超えて、新しい友人ができる、その友人と
ランチして楽しいという、ことを語ってくれました


古くもそうですが、新しい友ができるといううれしさ
ひとつは「同志」といっていい、同じことに取り組む仲間みたいな
また、名前も知らないですが、同じ景色を楽しむ人も
ある面では友人といっていいかもしれないです


13年前に今のマンションに住み始めました
マンションというのは、不思議といっていいです
「コミュニティ」といってもいいかもしれないですが、都会の
大人同士、ある程度距離があったほうがいいのは知っています
でもそういうなか、何度かあいさつを交わしたりして
この人とは、感覚が似てるなという人とは、自然とつながりが
できてきたりします


「自然さ」というのがほしいな、と、思います
人と仲良くなるということ、とてもほしいと思います
また、仲良くなるということで、いろんないいものを、自分は
もらえた、そんなふうに思うことも、いくつもあります
ただ、強引みたいな、ところはやっぱり避けたい
もちろん「チャンス」といっていいことに、しっかりつながる
そういうことを、躊躇したら、仲良くなれる、ということを自分で
やめるということですから、チャンスはものにします


そうですが、なにがなんでもつながるという、不自然とみえることは
やらない、ですね


つい数日前、ツィッターで、あ、この人の感性いいな
自分のつぶやきにいいねをつけてくれたのは、なんとなく
いい感じの、視点が重なってるのかなと思って、DMしてみました
うまくつながっていくといいなという感じです


人とつながるということ
不思議かつ、面白い。そういう機会が複数あって
自然とつながりが太くなる、そんなふうになれたら
とても、うれしいですね