忘れること

短期記憶と長期記憶というのが
あるという
おそらく、一夜漬け的な短期記憶
一夜漬けというと、なんか「本道」じゃない感じも
するのだけど、これって大事だとも感じる


先月予定していた、研修が今月にずれて
いろいろ準備していたことを、忘れてる自分を
思う
研修にて、自分がプロデュースするところは
こんなコンテンツをこんなイメージで
やってみようと思った
そうした、コンテンツはそこそこ覚えていたのだけど
ニュアンス、イメージまで覚えてるというのは
なかなか難しい


少しまえに買った雑誌のなかの
クリエイターが、一度考えをまとめても
そのあとも、考え続けて、場合によっては
最初のをこわして、もう一度考えるという
話をのせていた。
今回、それにちょっと近いものがあった
つまり最初のものから少し離れて、こうしようという
ような。
いいえ、実際のところ、最初のニュアンスが
とりもどせなくて、もう一度考えたというほうが正しいかも
しれない


座標軸をあわせるという言い方を、20代のときに
人から聞いた。つまり原点がどこでそこからの
展開について、おおもとのはかりとなる座標軸を
あわせていきたいという
ようやく、そうした意味が少しだけのみこめた気が
してくる


先生役をやる人、生徒役をやる人
その座標軸があってないと、ぴんぼけの伝わりかたしかしない
いいえ、ほとんどがぴんぼけに伝わると思っていいかもしれない
どうしても、はっきりくっきり伝えたかったら
何度も、アプローチをすることだろう
あなたのいいたいことは、こういうことですかと
復唱してみたらいい。いったそばからニュアンスが
ちがうのだ


会社をやって、1+1=2以上にするためには
座標軸をあわせなければならない
いま、インパクトのあることが起こったときに
そのインパクトの受け止め方を似てるところまで
あわせていかなければ、すすまない


だいぶ、準備が進んできた、研修の企画
ええい、もう一度こわしてみようか