本来あるべき姿

よく、社員の将来のこと
社員にいかに、元気になってもらうか
仕事の大事なポイントはどうおさえるか
などなど、考えてみたり、このブログになにか
書いたりするときに、じゃあ、仕事において
本来あるべき姿とは、という言い方をするときがある


システム開発をしていて、その目的はなんなんだと
しっかりつかむことが、本来あるべき姿をとらえる第一歩だ
事務の効率化ということが、目的にあるとしたら、実際事務を
やる現場においてのその事務の流れ、どこが効率化することが
本当に、その事務をやるうえで、重要なのかのみきわめが必要
などなど・・・


本来あるべき姿をみつける、感じるといったことは
重要なのは、もうおそらく確かなのだけど、その前の段階に
いる場合がある、という話があった。つまり
仕事をしていくのに、その品質をあげるだとか、自分にとって
長期的なスキルアップを考えるとき、いつも「本来あるべき姿」を
見ていることが、あってこそとなるのだけど、目の前の作業が
順調に流れるということがあってからだという話


確かに、コーディングでもテストでも、流れにそって、こうやるということが
できて、そのプロジェクトにいる存在価値があるといっていい
システム開発は、一定のところ、そうした流れのなかで
成果がでるように、チームは考える


なるほど、と思いつつ、程度の問題なのだけど
それでも・・・と言いたくなってしまう
ほんのちょっとでも、自分が正確にできることは、なにかであるとか
前より次にやるときに、効率化しようとか、ちょっとずつでいいから
だらだらと、言われたまま、流れのままやるのではなく
進めていかないと、やっぱり、そうした流れにそった作業だったり
しても、おそらくは、品質も悪くなるし、やっていて、気持ちが
しぼむのではないか


おそらく、なにも考えるとかの余裕がないということが
あるのだと、推察する。ほんとうにそうだとしたら
それは、やはり問題だと思う
それほど、余裕のない作業が続いてるとしたら、どこかで
改善すべきだと思う
その余裕というのが、10%が適当なのか、どの程度なのかは
わからない。どうしても、必要と思うのは、見直して反省する
タイミングは必要ということになろうか


技術者なら、自分のやってることの意味を考えたい
いいえ、生きるなら、自分のやってることの意味、立つ位置、今後
目指す姿というのを、しっかりみつめたい
生きていると、次にどうしていくのか、という視点があってこそ
前向きになれると感じる


わが社で、このごろ思うのは、学びあう姿勢があり、大事なことを
伝えられる、また受け止められる、人間関係があること
そうしたことは、徐々にだけど、できつつあるように思う
大事なことのスパークがいっぱい起こると思ってる
生きることを、ときに、真剣に考え、お互いが思う
あるべき姿を追っかける
やっぱり、そうありたい