いっしょにいると元気になる人

ときどき、管理職とはどうあるべきかということを思う
ひとことでいうと


いっしょにいると、元気になる人


ということではないか
もうだいぶまえの話。いまでも結構好きな女優、宮沢りえ
自分の確か、プロデューサーだったと思う。その人をさして
「自分が電池で動く、おもちゃだとすると、そのプロデューサーは
その電池みたいな人」と言っていたのが、とても印象に残ってる


自分の配下にいる人が、おもちゃだとしたら、その電池になる
ごめんなさい、人をおもちゃにたとえるのは、少し気を悪くする人が
いそうですが、ちょっとご容赦願いたい。このイメージ、わかりやすいと
思いませんか?


アンパンマンが、あたらしい顔をもらうと「アンパンマーン」とか
言って、元気になりますが、人間って、あるタイミングで人から
元気をもらえないと、しぼんじゃうってところがあるように
思う


先日も書いた、彫刻家、佐藤忠良さんを思う
古い友人と、佐藤忠良について、語ったとき、その古い友人の
ことを、一定のことろ、信じてもいいかなと思った
それは、こちらも佐藤忠良さんを、かなりその生き方を含め
いいなと思っていて、その古い友人が、佐藤忠良先生は、自分に
とっては、神様ですといったことが、こちらの心に響いたからだ


もっとも、相手はリアルに佐藤先生から指導も受けたということも
あるのだけど、私は展覧会で作品を見て、いくつか著書を見たりした
ということになる
それで?となるかもしれないのだけど
やっぱり、ただの「好きなアーティストのひとり」というのは
越えた存在として、私に大きく影響してると、思ってる


佐藤忠良さんがいたから、その存在が自分のなかにはいったから
荻原碌山の作品が、心に響くようになったということが
あろうかと思う。つながっていったということかもしれない
高田博厚にしてもそうかなと思う


先ほどの、古い友人はいう。佐藤先生の王貞治の顔である
「記録を作った男」であり「群馬の人」をみて、あこがれたという
わかるなーとなってしまった


人が人を元気にすること
まずは、その相手と心のパイプがあるということが大事だろう
会社をやっていて、いいなと思うつながりは、指導をうけた人が
その指導された対象の人を、押し上げていくというような
絆がしっかりある状態が、「普通」になっていくことだ
絆を作るということも、能力といっていいと思う時がある


佐藤先生のような、ビッグな存在の話からはいると、ちょっと
「引く」ことになってしまうかもしれないけど、人を指導するなら
やっぱり、いろんな意味で、人からその「高さ」についていいなと
思われるようななにかがあってほしいと思う