やきものの話

やきものが好きになって、日本のいろんな窯元に出かけます
今日は伊賀の日々窯というところに行ってみました


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とってもフレンドリーな雰囲気でお話をたくさんしました
こんなに、初対面で話せるってうれしいですね
ひとつには、やきものが、メディアの役割を
しているのですね


河井寛次郎という、民芸運動の中心人物で、陶芸家の話がでました
河井さんの、弟子で島根県の温泉津というところにある
森山窯が、とてもうちのかみさんが好きという話から
でした


いまはインターネットで画像などだせますから
それをみて、また話がはずみます
お互いやきものが好きです
だから、いいものを見たい、その関連の話をしたいと
話は膨らむんでしょうね


対象のうつわは、日常に使える食器が多いです
日々窯の坂口さん夫婦も、食器をたくさんつくっておられます
伊賀焼というのは、どうもそこが特徴のようなのですが
「火」自体がおりなす、いろんな模様がいいということが
あるようです


河井寛次郎は、残ってる本からひろうと、まさに「火」が相手ゆえ
作ったうつわが最終的にどんな作品になるからは、火、いいかえれば神に
たくすしかないですよと、言ってます
その神が、いわばひっぱってくれて、いまの自分があるんです
という言い方をされています


もちろん、誤解なくちょっと書きますと、河井さんは大変な努力家であり
なにも、途中から火でどうかなるか結果がわからないから、手を抜こうなんて
そんな「チャチ」な考えは、これっぽっちももっていないですね


それどころか、おそらく全身を集中させて作品を作ってるのだろうと
思います
そういうなかでだからこそ、言える、途中からは自分以外の、向こうのものに
たくすしかない、という言葉なんじゃないでしょうかね


日々窯のお二人と話した時間は、いわば至福の時間でした
焼き物という、メディアをとおして、いいもののやりとりができたように
思います
きっとチャンスをみつけて、また行きたいと思います