二十代のころ、自分はどう生きるのかということを
考えた。たとえば、20年後、30年後どうなっていたいのか?
あるとき、そのときの上司がいいました
自分で自分が満足すればいいという考え方って
あるよね
このこと、ずっと覚えているのですが
たとえば、スポーツ選手が、常に戦ってるのは
自分とですという答えをします
自分に気持ちで負けてしまってはなにもはじまらない
いまテニスの世界で活躍してる、錦織圭も、チャンコーチから
まず、自分は世界で活躍できる!という自信をもつ
ことだ、ということを、くりかえし、言われたといいます
私の10代のころの、ヒーロー、野球の王選手。直に王選手を
知る人が、いいます。彼は努力することにおいて、天才なんです
自分で、自分を満足させるということができること
言ってみれば、自分の生き方を、自分で肯定し
生きていく状態を作れればいいということになるでしょうか
なにか、自分が満足してるときって、それこそ20代は
自分が死ぬ直前、自分の人生を思い出していて
という「点」においての、ことを想像していたけど
そんなことは、まだまだずっとあと、だし
自分の人生について、考えるのは、そんな一点というとき
だけでないし、ということに、だんだん気づいてく
ゆえに、自分で自分の生き方を肯定して、生き続けるって
ことは、つまり、ずっと高みにむかって、自分を鍛え続ける
ということになりそうです
そう思うと、すごいことですね。
このごろ、人間って、何歳まで成長しつづけられるのだろうと
考えたりします。ひとつの答えは、何歳なんて制限はない
ということです
昨年、高校時代にお世話になった、恩師が亡くなったという話が
でました。御年90を超えて、頭脳明晰、記憶力もしっかり
されていて、執筆中の本があるという話がありました
こういう話は、とっても、生きる、これからも生きるってことを
元気づけてくれると思っています
健康寿命なる言葉がありますが、いまでも、自分は100歳は
生きてやろうと思っているわけですが、当然死ぬまで
自分の人生を楽しみ続けるつもりでいるわけです
じゃあ、もとにもどって、成長ってなんだ
それは、生きること、そのものでしょう
佐藤忠良が、今年の目標は、と聞かれて、昨年の続きです
と言ったということを、思い出します
そういえるという、もう哲学といっていいでしょうか
生きることそのものが、洗練されてるといっていいかな
私も考え続けます
あなたも、そうしてみませんか