いろりを思う

パナソニックの、リフォームの広告ポスター、というか駅の
大きな、壁面広告に、吉田綱太郎が、でていて、家のなかに
現代風の、いろりを作って、仲間とわいわいやるんだという
コンセプトで、でています


去年知り合いになった、安曇野の焼き物の作家、森岡光男さんは
古い農家、古民家というのか、その材料を再利用して、家をたてていて
その家が、とても雰囲気がよくて、また行きたいと思うくらいです
そして、その家は、玄関はいって、すぐの広い間に、いろりが
ありました。いろりといえば、自在鈎があるものだと思って
自在鉤は?と聞くと、まだ、いいものに出会ってなくてね
という答えでした


いろりを囲んで、人と人が、話をしたり、食事をしたりということは
とっても、いい空間だなと思います。火を囲むということが
キャンプファイヤーの経験がある人は知ってるかと思うのですが
何万年、何十万年という、人間の暮らしの基本といったことに
結び付いているからだと、感じます


先代社長、増地氏はいっとき、いろりにあこがれるという話を
なさっていて、白川郷にいったり、東京でも、田舎やふうの店が
きにいってるというときがありました
人と人のきずなということに、思いをもっていたのだと、想像します


いま住んでる私の家は、マンションにて、いろりはないのですね
ときどき、いろりといった、場所がほしくなるという衝動が
あります
昔を思う心というのは、過去をふりかえってる、というどちらかというと
後ろ向きな印象を、与えるかもしれないですが、昔から続いてる
いいものを、愛でてる、という意味で、最近、自分としては意味を
考え直しえています


温故知新という言葉のとおり、昔からあるものを、愛でること
そして、新しいことも知ること、これはつながってることなんだと
思うのです


何年か前の新聞のコラムに、百人一首こそ、日本の宝だという
書き方をしてるものを読んで、たいへん印象に残っています
百人一首として、素晴らしい歌を、残し続けてるその文化が
素晴らしいのだと


うつわが好きです
作家が手作りしたうつわについて、その作家が、業として
なりたつだけの、客の存在があるということ。これも文化だと
思うのです。素晴らしいなと思いました


最初は20歳のころだったと思います
「いいものを、いいと認める心」を持ちたいと思いました
そういうことの、積み重ねが、いいものを、わかる心、目を
育てるし、だんだん、自分を好きになる、そのやり方も
高くできるのではないか、と思ったのです


若くて、20歳のころは、感覚は鋭いものあったかもしれないですが
積み重ねがなくて、自分がどんなものが好きで
自分がどんな行動することで、自分自身を鼓舞することができて
そして、どんな人と、どんな会話、どんなふれあいがあると
元気になるのか、わからなかったように思います


うつわを好きになること
古くからある、日本の空間を好きになること
まるで、自分自身の、心のとびらをあけていくような
喜びが伴うことがあります


素晴らしいことなんです
昔からある、よさ、素晴らしさを、知る
誰かと共有できること、続けたいと思います