私の好きな先生

高校時代に、自分はなぜ生きるのかということ
このことを、正面きって、質問した、担任の先生


「生きてるから、生きる。生きていれば
素晴らしいことにも会える」


そういう答えをくれました
中学から高校へ、ある意味カルチャーショックを受けていて
言ってみれば、いい意味で、あ、仲間って素晴らしいとか
あ、学校って、実はこんなにいいところだと、改めて
思っていた私には、雷が落ちたように
そうだ、生きてるから、生きるんだと
感じられたのです


つい先日の高校の仲間が集まった、読書会にて
自分たちがいた、高校というのは、少なくとも中学に
比べたら、なんて、居やすい、お互いのことが
理解しあえるし、お互いを尊重できる、仲間のいる
なんてすごくいいところだったんだ
と、いわば、自画自賛したのですね


そういうことと、あいまって、そのM先生が言った言葉
生きてるから、生きるは、自分の腑に落ちたという
ことがあるのです
もっとも、そう意識して、そうだったかというより
あとあと、思い返すとそうなんだと、いうところも
大きいです


中学のとき
いわゆる、思春期だったのかなと思う、ちょっと恥ずかしい
思い出。大学をでて、赴任したての、かわいらしい先生に
ちょっぴり、あこがれ、めいたものがあった、自分
その先生の一生懸命の教えに、素直になれなくて
つい、反発をしていた、恥ずかしい思い出


でもその先生、しっかり私と向き合ってくれた
どうして、反発するのか、時間をかけて、話してくれた
そのことも、恥ずかしいながら、いまから思い出すと
とても、いい思い出です


テレビドラマで、ちゅらさんというのが
あって、おばあが、ちゅらさん
好きな人に素直に向き合っていくと言うことがないと
そのことは、いい思い出にはならないかもしれないよと
さとす、場面がとても、好きです


10代の恋は、自分勝手で制御できない、自分と
向き合うための最大の、チャンスといっていいかもしれないです


10年ほどまえでしょう
とても、いまも仲良くしてる大学時代の仲間と
話していて、若いときの恋愛は、人生の宝といっていいと
話して、一致しました


思い出すと、なんて、素晴らしい出会いがあって
いまの自分があるのだろうと、自画自賛します
そして、できれば、そういういい出会いを、できる
自分の周りの人にも、いい出会いというのはあるのだと
信じられる、そんなふうな、なにかを伝えていきたいと
いまも、感じています