大家族主義

社員は家族
そのように、考える


その考えは素晴らしい
けれど、それは、束縛といったことと
くっついていそうです
はたして、社員はそれを望むのか


yesであり、noだろう


だいたい、生きるそんものに関わることに
ひとつの、キーワード、束縛といったことを
だして、いいか、いやか、それは
どっちも、になりませんか


企業という、しかけをもって、なにかしようと
いうのですから、ルールがあり、ルールに従って
なにかしてもらって、対価(というのはいやですが)
を支払う
そういう前提がある以上、時間や、考え方といったことを
束縛してるといっていい、状態があります


さて、家族というコンセプトを持ち込むとすると
心も束縛したい、となってくるようで
それは、はたして、うれしいという人もいるかもしれないけど
「ビジネス」じゃんとなれば、そこまではいらないはずと
頭で考えるとそうなるのですね


ところが、心と身体はくっついていますから
私が、社員が家族と考えるのが、素晴らしいと
すぱっといえるということも、そうなのですが
そう考えると、わかりやすいこと
どっちか、迷うことにも、答えがでる、感じがします


去年、高校の女子バスケの常勝チームの、カリスマ監督の
指導というのを、NHKの番組でみました


練習はとても、おっかないのです
どなってる。ところが、ちゃんと、気持ちは
通じていて、監督がどなってるその気持ちを
生徒たちは、感じてるという


こういう、一見、えっというような、こわさを
とびこえて、つながってるなんてことをみると
その絆の太さに、感心するということが
でてきます


いいたいのは、なんでもかんでも、家族ように
というのは、できないかもしれないけど
疑似家族といったらいいか、肝心なところで
つながってる状態を、意識できる
ちょっとやそっとじゃ、こわれない人間関係を
作れる、まず、そこを、目指したいじゃないですか
そうじゃないと、ちょっとのことで、こわれるかも
とびくびく、していて、なにも、できないと思うのですよ


生きるってことは、ほんとうに大変です
生きる、生ききる。やりきる
せっかく生きてるのなら、自分で納得の生き方をできたら
そう思って、今日も、やりましょう