評価の話

評価とは、その評価される本人がいきいきと仕事するように
するために、やるんです


やったことの確認


やることの確認


上司とそうした、自分のやってることの意味、今後やるべきことを
確認していき、確かに自分のやってることは、意味があるんだ
役割として、大事なことをしてる、認識を深めること


私たち、システム開発の仕事は、なかなか目に見えて、成果がでないという
ことがあると思う。いいかえれば、仕事の手ごたえがわかりにくい


あるプログラムを作ったとして、動いた、エラーがない
ということは、ある面わかりやすいのだが、仕事はそんなに
単純ではない。たとえば、調査。仮説をたてて、そのとおりかどうか
検証していく、といったこと。
たとえば、テストの準備作業。
こうしたことは、つなげていって、正確な動きをするシステムを作るには
必要不可欠なのだけど、どの行為自体については、その場では
なかなか成果がみえにくいのです


そうしたとき、俯瞰する目といったらいいか、つなげていって、そのシステムが
どういう動きをして、どういう位置づけゆえ、自分の作業は、こんな
ふうに意味があるんだと、気づけること、さらにその意味について
自分で納得できることということが大事だ


そこで、評価である
評価するうえで、自分のやってることを、整理して報告できる
ということが大事、ということが、最初にあがる


このブログに「つなげること」の大切さを、くりかえし、書きます
ひとつの作業は、切り離してみると、どんな意味があって、どうなのか
まるでわからないということがあります。つなげてみること
つなげていける、情報をとることというのが大事です
そのための、コミュニケーションです


コミュニケーション、言葉の意味ということを、思うとき
灰谷健次郎の小説の一節が、頭に浮かびます
「記憶」とは、つまらぬことを、覚えるためでなく
虹をわたった、人を生かしておくためにあるということ
世代を超えて、人と人、つながることもできるのだということ
なにも、古いものが、すごいことだとか、古いものこそ
いいとか、言うつもりはないのです


確かに、素晴らしい生き方をした人のその、生きた証といって
いい言葉を、かみしめて、感じて、自分がそういう生き方
文化、技術といっていい、そのことを身に着け、体感する
ことができるということが、文化の継承であり、生き方の継承と
いえると考えます


評価を大事にするということは、勢い、生き方を考えるという
ことにつながるんです


昨日は、はじめて会う人と、少し仕事のしかたであり
その前提となる、コミュニケーション、そしてそのコミュニケーション
をとるうえでの、気持ちの持ち方といったことで、やりとりを
して、それが、「伝わってる」という感覚をもって、お互いを認めた
という時間がありました
こうした、「つながった」感覚ということを、大事にしたいものです


ひとつの、仕事、ひとつひとつ作業の積み重ね。
つなげていくことの先にどんな、意味があるのか
いつも考えてる
それは、生きるということを、丁寧に、大事にやるということと
いっしょなのだと、感じます