想像力

mixiが流行っていたとき、もう15年とか前ですが
その、フォーラムなる、同じ話題で盛り上がる、グルーピングが
ありました。そのなかに「相手を喜ばせたい」というのが
あって、よくのぞいていました


誰にでもある、相手を喜ばせたい
これ、やっぱり大本というか、そういうふうな気持ちに
なるのは、家族との時間が、醸成する時間なんじゃないかって
思います


家族で、楽しいこと、悲しいことを、共有する
記念日を、祝う。そういう気持ちというのを
子供のときから、記憶に残していく。そういうことって
きっと、そのあとの人生を豊かにするのに、とっても大事なこと
と、感じるのです


さて、そういう、「相手を喜ばせたい」といった、気持ち
どう表現する、どう受け止めるか?その楽しみの、中心といって
いい、人間のなかにあるもの、「力」ということを思うと
想像力ということが、浮かび上がります


私、時々、自分だったら、どうしてほしいのか?というのを
相手に対する行動の、するかしないかの、基準にしたりします


先日、自宅を新築したという、人、に、会って、その人への
お祝いの品を、考えました
最初、時計だとか、なにか、インテリア的なものが、浮かびました
だけど、そうしたもの、実際自分だったら、受け取ってどうなのか?


それから、オフィスを移転、いままでより、立派なオフィスに
入ったという、親しい取引先に、どんな気持ちで接するのがいいのか?


こうしたこと、やっぱり自分が相手の立場だったら、こうだろうな
という、そういうことを、想像できる、そういうことが大事だと
思います


そういうふうに、思うと、想像力、自分が大切にするものがあること
そういうふうに、思ったりします
自分が大切にすること、それに対してどんな思いを持ってるのか?
家族だとしたら、どうか
一定の自分の信念に基づいた、なにかの行動。そう、例えば、
社員を育てたいということも、そうでしょう。趣味でもいい
なにかの、世界に、自分が貢献するということを、続けること


「道」とついたものは、みんなそうじゃないでしょうか
おそらく、想像するに茶道、というのは、そういう、貢献する
人の気持ち、それで成り立ってるのではないでしょうか?


だいぶ、前です。茶人の心は、相手を喜ばせたい、そういう
気持ちなんですよと、教えてくれる人がいました
それは、高価な茶器を使うといったことと、真逆といっていい
行為とも、見えます。たとえば、場所、であり、道具は
選ばず、相手の笑顔、開かれた、気持ちを、自然に受け止めてる
そういうことを、大切にすることだと、知ったことがありました


尊敬する人の、ひとりに、80歳を超えて、新しく友達が
できるという人がいます。人を温かく見る、受け取るといった
大本のやさしさがあって、そのうえで、開放性、自分のことを
自然体で、みせているということがあると思うのです
そうしたことが、わかる人にはすごく、魅力となり、ひきつけること
となるのだと、想像します


人間は生きていかなくてはなりませんね。生きていて、なんぼなんです
そういうとき、できれば、相手を喜ばせ、自分もそうした、人からの
好意を受け取れる、喜べる、そんな人生を送りたい、と、思います