物事の2面性

日本人は判官びいきとかいって
あまり、自慢話とか、すごいでしょ
いいでしょって話ばかりされると
うんざりするってところがある


結構、みじめで、みうぼらしく
ばかっぽい、失敗話のほうがリラックスする


でも、一方で
高い品質のもの、自分ががんばったというその姿を
素直に、だすというのもいいとおもったりする


食事にはいる店
やっぱり心のこもった、いいもの、おいしいものが
でてくるところにいきたい
もっとも、自慢たらたら言われるのがいつもついてくる
ということだと、敬遠するだろうけど


飲みに入る店
ちっちゃいというか、隠れ家みたいな
場所にて、あえてうずくまっていたい
なんて思いもあったりする


人間って複雑な存在なので、そのときの雰囲気
自分の思い、などなどからどんどん、やりたいことも
気分も変わる
なかのいい人と、つぶやく
せっかく生まれてきたからには、人の役にたちたいよね
一方で、そんなふうに思いながら、いやなのは
「押し付け」になることだ
言葉ってやつは不完全なので、ニュアンスとかを含めると
そんな意味でいってないのに、人を介してそれを聞いたり
いろいろで、本来の思いとは別の感じで
伝わっていくことが多い


ブログなんていうのも、いま書いてる自分と、おそらく数日後の自分は
相当変わっているので、自分で書いたものを
別人である自分が読んだりする
そうすると、よくかけてるなと思うときもあれば
あれー、なんか、いいたいことがぐるぐるまわって
わからないぞなんてこともある


高校生のころから、「わかりやすいこと」ってそれだけで
価値あると思っていいと感じていた
人に思いを伝えていく。そのことが生きることなら
やっぱり、よりよく、人を元気にする方向で伝えたいもの
心意気っていうのが、あってこそ、いい生き方が
できると信じていたい