ある人が橋渡しをするということ

昨年末に当社の先代社長であり、創業者である増地徳則氏が
亡くなって、自分が仕事の時間を共有した人が
いなくなったという事実に、思いをはせる


ステマーズに転職したそのころは、何を売るか?
客はどこをターゲットにするか、まるでわからなくて
やっていた
だから?よかったともいえる
ITの業界において、自分のたつ位置ということを
手さぐりで進んでいた


おそらく、いま自分も含めて、システム開発をおもにやってる
会社では、提案して、顧客を獲得するという行為は
あまりしていないように思う。それは仕事の性格上、実績が
ものをいうし、いわゆる個別注文生産品ゆえ、そのことをふまえた
動き方ということが、求められる
そのことに気が付くまでに、少し時間がかかった
また、いまもやってるSEという技術者が不足するということを
見つけて、営業していくという方法は、これまたいいところと
なかなか難しいところが同居する


今年2度ほど、増地氏の墓前に立つことがあった
つい、懐かしさという気持ちに流れてしまう自分がいるけど
次に墓前にたつときは、今後の会社運営に対しての決意を
思いながらの時間にしたい


先代をよく知ってる人と、思い出の話をするのはとっても
いい時間だと気が付く。それは先代の生きた足跡がとっても
すがすがしいということが、大きいと思う
そして、先代とふれあった時間が、自分を成長させてくれたという事実を
思うということは、今後を生きていくことの大きなヒントと
なると感じ始めている


人は、生きてるうちにやっぱり濃くつきあっておきたいものと思う
あたりまえなのだけど、とっても大事なことだ
人と濃くつきあい、人生を考えることが、必要なことだ


一昨日のこのブログに、安藤忠雄が若手を育てることに力を
注いでいるという話に刺激を受けたと書いた
今日は、わが社の若手と話をする時間がある
そうしたときに、つい自分のなかで比較してるのは、先代から
自分が刺激をうけたようなことが、自分にできてるのか?ということだ
そして、ずっと思っていたことなのだけど、先代の人へのまなざしや
いろんな意味での大きさを思い出し、自分はなんて幸せだったのだろうと
思うのだ


人生は、つまるところ、その生きた本人が満足して過ごせれば
いい人生だったといえる。だから自分として、精一杯やったなーと
感じれることをまずやることだ
そして、できれば準備して、意識してそうした積み重ねが
できることだ