社員教育

昨年暮れ、先代社長、増地徳則氏が亡くなって
先代とのやりとりとかをたどるごとに、自分の役割として
彼の言った言葉を含めて、いまの社員に自分の思いを伝えるという
ことをしたいと思うようになった


塾が、原点にある
人の言葉をかみしめること
いまの家からほど近くにある、総持寺に「古教照心」という言葉が
掲げられている。古くからの教えを知り、自分の心でそれを
感じなさいということかと思う


先週、バレーボールの試合をテレビでみていて、解説者が監督の
することのうち、そのプレイがいいと認める、褒めるということが
大事だという話がでていた
まさに、そのことを思う。仕事をしていて、いいえ生きていて
なにか事にあたったとき、そのことが素晴らしいことだと
人から認められるということは、とってもはげみになるし
その後のいろんなことを考えることの、ヒントになる


同じく、スポーツでのことになるが、野球の野村監督は、監督が
あの選手を見ろ、ほかの選手は彼を見習えといえる、見本となる
選手を作ることが大事だと言ってる


思い出すと、若いときというのは、なにか選択肢がたくさん
あるように思えて、自分がどうふるまうのか、どう生きるのか
わからないということがあると思う
いいえ、少し歳を重ねていても、わからないことは、実は
わからないのですが、ほんの少し、こうしたほうがいいと
感じるということか?


ここまで書いていて、思うのは、迷っているときの
そのときの、あり方ということだろうか
つまり、大事な局面で迷ってるとしたら、その大事さって
どういう大事さで、客観的にみたとき、どんな選択肢があるのか
ということが、見えてるということ


例えば、自分が選ぶということがとっても大事というこtが
あると思ってる。なかなか自分の人生ながら、自分で選ぶということが
難しい。そして、いい選択ができるということは
まわりの人から信頼され、自分も信頼することができてることが
大事だと思い至る
私の場合、やはり自分が決めたことで、どんな影響がでるのか
ということをつい思いがちだ。そうしたとき影響を受ける人と
信頼関係があるということが、少なくとも自分の判断が
どうなのかと、素の状態で聞けることにつながる


人間は、迷うもの
人間は考えが深ければ、深いほど、迷いもあるのも
おそらく、達成感のある人生は、自分で決めたことを
自分で守り、育て、成果をだしていけるということに
つきると思う
そのお手伝いがしたい
そう、決めて生きてきた