ゴールデンウィークになにをしよう

明日から、カレンダーどおりの日程の私も4連休だ
なにをしようかと、少しわくわくする
経験上、4日くらいのおやすみは、あっというまにすぎて
しまうので、あまりあれこれ、なにをしようときばっても
結局できなかったなー、ということが多い


あまりなにもできなかったというときは、自分で自分に
いいえ、結構やすめたじゃないかと言い聞かせることを
している。やっぱり「あーあ」なんてネガティブな
気持ちになって、顔がくもるよりも、はればれとした
気持ちでいたい


4連休のように、いろんなことができそうという
可能性をまえにすると、うれしくなる。それは
きっと10代、20代のころ、自分がこれから
どんなことをしようかと考えるとき、可能性があるな
と感じて、うれしくなることと、少し似てるかもしれない


さて?とプランを思うとき、やっぱりいろんなことも
うかぶけど、自分のということでいうと、「継続」がいいと
思っているので、テニスしたり、料理したり、陶芸をみにいったり
ということになりそうだ。それは普段、時間が足らなくて
もっとやりたいなと思うことなので、やればうれしい


そう書きながら、実は?と普段と全然別の自分の興味を
引き出したくなったりする。そんなの、容易には
みつからないのだけど・・・
でも4連休なんて思うと、ちょっとそうしたことを
さぐるという気持ちがおきること、そのものがうれしくなったりする


小学生のころ、やっぱりそれなりに、好奇心があったのだろう
知らない場所にいくだけで、わくわくしたことを思い出す
自転車であの坂をのぼってどんどんいったら、どこまでいけるか
そんなことを思った。わざと?だったか地図は見ない
自転車だったら、どこまでもいけそうでかつ、そんなに
こまったりはしない。もっとも必ずその日にもどった


こうした、経験は聞いてみるといろんな人がもっているようだ
未知との遭遇。自分がみたことのない道、街を歩くだけで
わくわくできた。人間って、根源的にそうした好奇心を
もっているようだ。その好奇心を、ときどき、満足
させるということも、健全に生きるということでは
あっていいのかもしれない


社会人になって、時間も足らないということもあって
どこか知らないところを、ぶらつくというのは、たまにでかけて
(もっともたいてい、夫婦でいく)知らない街を歩くという
ことくらいなのかもしれない。これは10代のころと
だいぶ様子はちがうのだけど、何割かは、好奇心をみたしたい
ということでは共通の思いだろう


昨日会った人は、信州松本の出身ということで、松本に行った
話をした。桜の話、バーの話、お城の話、井戸の話など
自分が気に入った町の出身と聞くとうれしくなる
単純なのだけど、なにか共通項があると思ってしまう


ゴールデンウィークは、なにかしら、少しだけ
知らない場所、知らない人、なにか自分の知ってる世界から
はずれたことがしてみたい。限られた時間でできるだろうか