チームで仕事するということ

いいチームとは、それぞれのメンバーが、いい感じで
つながってることです


つながる、とは、双方向で、継続的なことです


フォーメーションサッカーは、信頼しあうつながりがあるから
できる。なにをいってるかというと
ボールをもった、プレイヤーが、たとえば、フォワードがこう動けると
信頼するから、自分は自分のできることをやり、パスをして
相手のうらをかくことができるということ
信頼感がなかったら、こう動くと予想してパスをだすなんて
できないじゃないですか


もし、このフォーメーションサッカーの動きというのが
チームのいいという状態のひとつのあるべき姿としたら
自ずとやることは、見えてくる


「見通しをつける」ということが、大事ということが、あげられるように
思います。これが、なかなかやっかいではあります
でもできる部分もあるはずなんです。
プロジェクトの進み方の見通しをつける
会社の成長のみとおしをつける


先日、社内の会議をしていて、そろそろ、若手のフォローは
若手でやるというときが、きてるかなという感覚を持ちました
若手同志が、真剣な態度でお互い、どうしたら、まずプロジェクトで
いい振る舞いになるのか、ということを、会議しました
そういうことは、もう2年目、3年目でも1年目に教えられる
部分が相当ありますね


そういうふうに考えるとき、適材適所といえばいいか
中堅は、中堅で、マネジャーとして動く人は、マネジャーの
検討課題にじっくり取り組むということが、必要ということが
ありそうです


中堅や、マネジャー、ましてもっと上のリーダとして、やることの
ひとつは、「あるべき姿」を考え、確認し、伝えていくということが
あると感じます


あるべき姿、というのは、どこまで、かんがえても、きっと無限大です
そして、おそらくは、本には載ってない、自分で考えるべきものです


技術者が、その生き方のあるべき姿というのを、ずっと考え続ける
それは、仕事そのものといってもいいかもしれないです
技術者であれば、こう生きたい、こういう振る舞いをしてほしいと
断片的には、少し語れるかもしれない
そのとき、その場でどうするか、いつも考える。にわか勉強の
繰り返し


いま「にわか勉強」と書きました
事実、生きるってことは、このにわか勉強の繰り返しじゃないでしょうか


学生のときに、演劇をしていました
演劇は、言ってみれば、他人の人生を生きてみるということですよね
その生き方、その生きた感覚を再現するということ
生き方を模索するという意味で、演劇はとても楽しい、そして「高い」
行為といっていいかもしれないです


そんなことを、思うと、生き方を模索すること、ある意味、準備できないことに
出会いながら、出会ったら、それを学習する、まさににわか勉強の
繰り返しが、大事じゃないか、ということがありそうです


こう書いてきて、思います
いいチームは、いい学びがあることといっていいと思います
生き方について、にわか勉強といったことが、大事と思うなら
チームで共有していきたい
つながりのなかで、まさに追体験も含めて、幅をひろげていきたい