会議

会社で、会議をするとき、なにか、この会議って
もっとうまくできないものか、よく思っています


思いだすと、自分が若いとき、偉い人との会議があるのですが
それが、いやでした。偉い人が、権限をもち
あなたはこれを、しなさい、と指示されるというのが
なにか、うまくなじめないのです


これ、思い返してみると、会社という場所で経験豊富で
どうすすめればいいかよくわかってる、年代の人が
まだ全然経験も知識も少ない、若手に指導してる場ですから
とっても、大事で、若手がいやと思うがどうしようが
必要、という見方もあるのですがね。


でも、一方的であり、どうかすると、やる気につながる
どころか、その反対だなんて、思ったりしていたのです


当社で会議する、というとき、話し合いをします
どうしたら、気づきに近づくような、話し合いが
できるのか?とても、悩みますね


あるべき姿というのは、その会議でなにを話すのか
実際の実務において、考えてるということが、あります
月例の、自分の仕事をもっと、活性化、レベルをあげるといった
ことを、大きな主題としてる、会議であれば、たとえば、
効率化、社員の成長、品質について、いつも考えていて
仕事を進めてるという状態がまず、あるということが
大事です


考えて、仕事をしていれば、そのやり方の矛盾点であるとか
日常に起こりがちな、コミュニケーション、もれ、ずれ
などについて、どう取り組んでいくのか、気づきがあるものです
そうした、気づきを、持ち帰ってこそ、その会議が
生きてきます


先週行われた、管理職の会議において、会議の目的の
置き方という、話し合いにて、意見交換して
自分も気づいたことがあります


べき論、「だけ」をふりかざして、なにかをやれ、というのは
乱暴ですね。ところが、べき論がでて、そのでてくる理由、背景が
正しいとすれば、やっぱりなんらかは、やらないと、前には
進まないということがあります


ひとつは、スポットの当て方、ということに
なるのだろうと、いうこと。
いきなり、やってること、そのまま否定されてしまうと
誰しも、反発が先にくるものですね
そこで、チームとして、目指してるものと
いま、自分がやってることと、マッチしてるのか?
であるとか、成長観点であるとか、タイムマシンにのって
10年後、こんなふうな、みたいな、話をはさむ
であるとか、スポットの当て方がある、ということは
よくやる「手」なのですね


さらには、やっぱり、ひとりひとりはどうなのだ、という
ていねいな、アプローチになると感じます


人によっては、100%、直球でものいいをしておかないと
「響かない」という、状況、タイミング、その重要度
ということがあるかもしれません


そういう意味では、ちょっと、俯瞰してみれば
「あたりまえ」かもしれないですが、やはり、指導であるとか
会議の意見交換も、人、ひとりの人生を、鑑みて
やるべき、となるでしょうね