うつわの話

自分の食卓にのってる、うつわが、自分の気に入ってるものなのが
うれしいと思います


食事は、楽しみ、としてとらえたいと思います
栄養補給の場、というような、ものになってしまうと
悲しいものです


お店にはいっての、食事、おいしいなと思うのは
作ってる人が、おいしいよ、と、自分で食べても
こうすれば、おいしいという思いをこめて、だしてくれる
食事です


10年ほどまえの、社員旅行でした。朝起きて、朝食会場に
行くと、ぼくらの顔をみてから、卵を焼いてくれ、そのできたてを
だしてくれました
実際、旅館で、こうしたサービスはあまりやってないと
感じるのです。なぜ?というのは、もちろん、できたての
おいしいものを、食べてほしいという思いでしょう


さて、うつわ。毎朝、長澤家の朝食には登場する、小鉢が
あります。金沢で求めた、ものです。須田菁華という九谷焼
こうした、名前のある作家の作品について、普段につかうのは
どうなのか?って思っていたのです
実際、こわしてしまうことだって、あるかもしれないですね


でも、鳥取、岩井窯の山本さんから教えてもらいました
使ってこそ、よさがわかるんだよと


そうなのです。手に持って、自分の気に入った料理をいれて
それで、食べる。使ってこそ、そのよさをさらに
感じるのです


使ってこそ、という話題でいえば、昨年訪れた、備前
作家、金重さんも、言っています


うつわは、使ってやることで、育つのです


特に、お会いした、金重さんは、酒器が得意でした
金重さんは、その酒器で酒を飲んでくださいと
言われました
実際、備前のうつわ、アルコールでふいてやって
その味をだすということがあるとのこと
その億の深さに、またうーんとうなってしまいます


備前をいくつか、みていて、そのよさを、少しだけ感じました
そういう、よさ、を思うと、染付、絵付けされた、美しいもの
そればかりが、はたして、自分にとってもいいのか?
ということもあって、これまた、うつわ選びの面白さ
ということを、感じます


ときどき、金重さんが、みせてくれた、桃山時代の花器です
という、備前の色を、思い出しています
これは、狙ってだしたものでしょうと、金重さんが言った
赤い色。その深さを、思い出しています


うつわの楽しみは、深く、広がっていくようで
とても、うれしい。
うつわを、めぐる旅をまたしたいです