あるべき姿をさがす

社会人になって、正解のない課題に向かって
自分で考え、足を使い、人と会って、自分なりの
答えをみつけていく
このことがとっても大事です


自分なりの答え、それは「あるべき姿」を考え続け
これが、最適だろうと、するということとも
言えます


さて、あるべき姿、とはなんなのか?
ある、理想みたいなものを、描くということなのは
想像できます。凡人である自分たちでは
理想みたいなもの、は、あるモデルをまねる
ということ、にも、なりますね


モデルをまねるというのは、誰かのなにか
言ったこと、やったこと、にとらわれる、とも
言えるでしょう
つまりは、偏った見方にとらわれる、リスクが
そこにあります


なにかにとらわれないで、物事がやれるのか?
でも、とらわれていたら、そもそもの、課題の
おいかけかたに、問題があるともなって、どう
取り組んだらいいのか?ということが、ぐるぐる
頭で回ってしまって、さて、どうしようと、進むべき
方向が定まらなくなるのです


河合隼雄先生の著書で、心理学においても
誰かの理論にとらわれるということは、必ずあると
指摘されていて、とらわれるのは、いたしかたないとして
せめて、とらわれてるのを知って、進めるのだと
教え、があります


人材育成において、非常にベーシックかつ、単純な
話、「褒めて育てるのか」「叱って育てるのか」
というベースのスタンスがあると思うのです


あるとき、褒めて育てて、うまくいったこと
別の人だとか、別の局面で同じように褒めて育てたら
うまくいかない
そういうことは、たくさんありますね
そこで、バランスだなどと、いうと、なにをやるのか
ぼやけてしまうことが多いのです


そこで、自分は褒めて育てるでいこうと、決めたとします
たとえば、スポーツのコーチが、見守って、あなたの
やってることは、それは正しいと伝えること
これが、育てる、最初のポイントだと
つまり、いい、正しいことをやったら、そのことを
必ず見ていて、褒めること。そのことから
自分は育成をはじめる、と、したいと思います


人間の可能性は、とっても柔軟だし、素晴らしいと思うのです
だから、三十代でも、四十代でも、いいえ、五十代、六十代だって
本人が望めば、成長できる、と、感じます


本人が望むこと、それは価値観といったことについて
あなたと、ある部分はつなげて、またはあわせていくことを
私はしますよ、という宣言と言っていいでしょう
学ぶということ、つまりは自分を変えるということに
なるからです
いままでと、違うなにかを、それがいいと思ってやることが
学んで、学んだことを行動するということになるのですから