成長

仕事ができるようになるのに、優しく接していくこと
厳しく接していくこと、どちらが、大事か?
こんなふうな、古くて新しい問いが、頭に浮かびます


ずいぶんまえですが、アイスブレイクのひとつとして
自分が楽器、たとえばピアノ、習うとして、
自由にやらせてくれる先生と
とても、厳しく、楽譜どおりにひかないと叱られる
そういう先生と、どちらについたほうがいいかという
話をしたところ、自由に、より、厳しくのほうが
いいと言った社員が多かったことを、思い出します


自由に、と、優しくというのは、ちがうのですが
やってもらう、その具体的な方法は似てくるのだろうと
思います


楽器を習うといった、イメージでいうと、自由に、であり
優しく接するというのも、見方をかえると、厳しい方法だなと
思えたりもします


↑の問いは、実際のところ、厳しさも優しさも両方必要と
私は思います。ここでやっかいだと思うのは
同じ人間がさらに、同じタイミングで、厳しくも、やさしくも
するって、これは至難だろうということですね


ひとつの処方箋として、「合わせ技」というのを
思い浮かべます。たとえば、自分が主に叱るのであれば
同じくらいの立ち位置にいる人が、褒める役、優しくする役を
やるのです


どうも、「叱る」とか、「毅然とダメをだす」といったことが
できない人が増えてるように、思います
たどっていくと、親にも、先生にも、叱られるということが
経験ない、ということにつながっていくのかなと思います


おかげさまで、というか、私の父は、よく叱る父でした
その父をそうですね、20代いいえ、30代でも嫌悪したり
したことは、事実です。ただ、いま50代になった自分、
ときどき思うのは、「叱る」というのはエネルギーが要るし
また、どうしても、制止しなくては、本人のためにならないと
感じるときは、ときには、強い言葉を使ってでも、だめだと
言う、伝えることって大事だとは思います


人間の成長には、いろんなことが必要と認識します
「叱る」「叱ってもらう」というのも、大事な栄養素である
ことは、知っておかなければ、損をするし、自分が誰かの
成長に責任を持つ、立場になったら、実践しなくては、ならないですね