友人とつながる

学生のとき、とても親しくしていて
お互い社会人になっても、つながってる友人は
とても、大事にしたいと思っています


先月、そのなかのひとりに手紙を送りました
それはバースデーカードで、いろんな理由があって
なかなか、会えない友人に、気持ちをこめて
送りました
数日後、簡単ながら、とてもうれしそうな返事が
もどってきて、気持ちがほっこりしたのです


学生のとき、10代とか20代の前半というのは
とても、アンテナがたってるといったらいいか
知識だけでなく、気持ち的にも、いろんなことを吸収もするし
つまりは、いまの自分のパーソナリティを作ったといって
いい時期ですよね。そしてその大事なときに、いっしょに
いて、話をし、影響を受けた人、というのは存在として
大きいものです


なにか、自分で決められなくて、迷うことに会ったとき
似てる、状況をその人は、どう対処したのか?
そういうこと、たとえば、新聞、ネットなど
メディアから情報を得るのも、大事ですが、自分が
信頼してる友人から、ナマの言葉で、こうじゃないか
こうしたことを、自分はして、こう思うと、言われるのでは
ずいぶん、インパクトがちがうものです


ひとつには、介護、ということがあります
10人いたら、10人とも、とはいいませんが
年齢があがって、心身にどこか、機能として、弱って
くるところがあると、なんらか介護のお世話になる
ということがありますね
それを、いっしょに、支える家族としての振る舞い
気持ちの持ちようということ。


医療やその他、人間が生きていくのに、環境が
整うことで、ずいぶん、長生きになりました
それはすごく、素晴らしい面もあるのですが
ご存じのように、現役世代がふえないなか
どう、その人生の先輩たちを、支えていくのか
そういうことが、大きい、ときに問題となって
存在します


親、という存在を思うときだけでも、かなり
気持ちとしては、大きいものです
そして、おそらくはいまの世の中のしくみから
いったら、ほとんど、なにもできないな、というのが
本音として、でてきてしまいます


手紙を送った、仲の良い、友人は、いまは手紙くらいが
精一杯ですが、つながってる、気持ちとして、気にしてくれてる
そのことがうれしいと、伝わって、お互い、どこか
自分のまわりの空気がなごんだような、そんないっときを
感じられたと思います


思えば、↑に書いたように、介護が必要になった人に
なにができる、というのは、気にしてること、そして
気にしてることを伝え、それを続けていくことだと
感じます