希望からスタートしたいですね

昨日、宇都宮ビジネス電子専門学校の会社説明会
ありました。数人の学生のかたと、話すことができました


若い人、は、希望を持っていてほしいと思います
その希望を、形にしていく、それが本人の成長を促し
成長するために、学習したり、実践を行うために誰かと
話をする、誰かのためになろうと、準備し発表し
ときには、思い違いだったり、ぶつかったりしながら
とにかく、がちゃがちゃやる


そのスタートが、希望をもつということに
したいと思います


人間、希望があれば、なにかしようとする
そう思います。だから一定のところ、希望のもてる社会に
するのは、大人の責任といっていいのではないでしょうか


希望のもてる社会。これは公平かつ、現在進行形で
よくなっているということが、感じられる社会ですね
「よくなっている」ということがミソですね
なにをもって、よくなっていると言えるのか?


20年まえくらいまでは、経済の成長だと、言えたのかも
しれないですが、いまは、おそらくは数字の成長ということは
国内では結構難しい
それならば、と、よく新聞なりでもでてくるのが、高齢者だったり
いろいろ、いまのインフラ等では、生きるのが、困難を感じる人にも
やさしい、インフラとなるような、そういう変化でしょうね


一方、若い人と話していて、ちょくちょく聞く、言葉として
誰かの役に立ちたい、ということですね
上に書いたこととウラハラに、一人の個人が、いまの世の中
誰かの役に立ってるってこと、なかなか感じにくいもの、とも
思うのです


コミュニティがない、ということがありますね
実はよくみれば、とか、存在してることは、ときどき
みかけるのですが、少なくとも、ぼくが少年時代を過ごした
昭和の40年代とか50年代に比べたら、確実に
地域社会というコミュニティはなくなってしまっています
ゆえ、親以外の大人と話す機会って、ものすごく少ない
これでは、人の役に立つ機会って少ないのはあたりまえでしょう


こうした社会の変化に対して、処方箋はなかなか、ないとも
見えるのですが、あきらめずにちょっとずつでもなにかしたい
ところです
それで、社内では「対人対応力」をあげていこうと
言ったりしています
「お願いする」「あいさつをする」「気遣いができる」
「想像力を鍛える」こうしたことを、ちょこちょこと
やっていくことで、「いま、自分がやったほうがいいこと」ということを
感じて、行動する自分を作りたいねと、話します


こんなふうに、書いていると
「よくなっていく」というのは、「いま、感じられる不便なこと
困りごとを、改善するために行動する人がふえる」
ということで、少し見えてくる、とも、感じます
さて、そのために、今日もアンテナをはり、感じる心を鍛えたいです