美人画

最近知り合った人と、アートの話をしました
男性だったこともあり、美人画、を、引き合いにだしていました


私の美人画の入り口になった、作品。ドガの「ピアノの前のカミュ夫人」
そして、マネの「フォリーベルジェーるのバー」
女性の、少し憂いがかった表情が、心に残りました
そして、美人画、と、頭にあって、2019年に国立近代美術館が開催した
鏑木清方、三部作をみたのです


浜町河岸、築地明石町、新富町とあります。浜町河岸は、10代後半かなと
思えるような、若さがでてる、華やかさ。築地明石町は、20代後半
くらい、の、おそらくは芸者さん?新富町は、さらに、年齢があがり
またここで、「憂い顔」です


この美人画のことは、もうこのブログでなんどかふれている
のですが、都会で生きる、仕事をする女性の憂い顔なんですね
想像するに、仕事するってこと、とくに、一人称でやる、だれかに
言われたことだけをするのではない、接客だったり、自分の判断
自分の振舞いの良しあしで、よく言えば、手ごたえを感じられる
厳しくいけば、その後の仕事のいろいろに影響がある


そんな立場の、厳しさを知った、女性の憂い顔
ちょっと、苦手な人ともうまくつきあい、成果をあげて
自分の今後は自分で、やっていかなくては?
ってな、気持ちがあるのでしょうか?


美人画といえば、鏑木清方と、同じくらいの時代、明治後半から
大正、昭和の前半に、活躍した上村松園が、思い出されます
上村松園は、言います
眉の一本の線を、どうするかで、その美人画がいい感じできまるか
表情がだらけてしまってだめになるか、そういう、微妙なものである・・・


ほんのちょっとまえまで、上村松園が描く女性像、鏑木清方にしても
日本髪の女性のきれいな姿は、もちろん、その着物だったり
しぐさだったりは、あるにせよ、表情って、似てるんだよねくらいに
思っていたのです


いえいえ。表情こそ、命なんでしょう。その表情の微妙なところを
ほんとに、ちょっとまえまでは、気にもしなかったのですが
見入ってしまいました


上村松園が、名画を描く、画家という存在について
ほんとに素晴らしい、絵を描く人は、素晴らしい人格を備えてる
と、書いています
そういう意味で、こちらに伝わってくる、そういう美人画
描ける人も、そういう、人としての魅力を備えてると思って
いいのだと、想像します


鎌倉に、鏑木清方記念美術館があります
その風情のいいこと、またぜひ、行きたいと思います
奈良にある、松伯美術館しかりです
こうした、建物も含めた、その画家の魅力がつまったという
感じのところにいくと、そのアーティストが表現したかった
もの、そして、その世界というのを、感じながら、作品を
みることができて、とてもうれしいものです


また美人画がみたくなってきました
そして、おそらくその世界を、自分に近づけるのには
自分自身が、高いところに行くことが、必要だろうと想像します