美術館にて

シスレーの描く、空が映り込んだ、水辺
ドービニーの、奥行きを感じる、風景
レッサー・ユリィの雨のなか、街灯が作り出す夢のような、街の景色


三菱一号館美術館にて、イスラエル博物館の、コレクションが
展示されています
印象派の前、印象派、そして印象派の後、19世紀、20世紀初頭に
活躍した、画家の、作品たち


シスレーは、5年ほどまえだったか、練馬美術館にて、シスレー展を
みたときに、空にこだわる、水辺にこだわるといった、一貫した
対象を追いかけた、そのこだわりを受け取って、とても
気になる、画家になりました。同時代、交流もあり、少し年長
また、印象派展にすべて出品した、というピサロは、シスレーこそ
印象派の技法を、追い続けた、第一人者といった、言い方で
評価したと、ありました


ドービニーも水辺を描き続けた。また、アトリエ船といった
水上でも描いたということで、モネとの比較をする人が
いますね。印象派の、特徴の一つ、明るい色彩があると
思うのですが、その、前触れともとれる、ドービニーの
作品。今回は、奥行き、立体感が伝わるということで
眼を止めました。父親も息子も風景画家というのも
なんとも、気持ちが、ほっこりする気がします


絵を楽しむというのは、楽しみ方、人それぞれあって
もちろん、いいのでしょう。少し、知識ということがはいると
どうしても、誰かと比較するということで、なにかしらの
絵の様子を、少し深入りして、知りたくなったり、これも
自然なことといっていいかもしれません


モネは、200点以上、睡蓮の絵を描いてるという、解説が
ありました。ときには、相当な時間をかけて、作成した
ということを、聞きます。モネの画業は、まさに生きることと
同じ意味なのだということを、こんなことからも、感じます


生きることそのもの、つまり、人生そのものを絵を描く
というそのことに、注ぎ込む。この人生って、素晴らしいじゃないですか


人は根源的に、だれかに、何かを伝えたいと、言います
絵、の、表現に、生涯関わって、生きる。すごいと思います


日本の具象彫刻の人、佐藤忠良は、「来年の目標はありますか?」
「今年の続きです」と答えたと、聞いて、すごいなと
思ったことがあります


話は横道ですが、昨日、仕事で知り合いになった人が、たまたま
私が、好きな土地、安曇野の出身であり、特に、アートのつながりで
言うと、碌山美術館の隣の中学に通っていて、美術館が、中学生の
掃除の対象だったという、話題がありました


碌山美術館。思い出すと、はじめて、碌山美術館にいったとき
まだ、私は30代だったと思うのですが、その最初の訪問では
碌山の世界に、うまく入れなかったなということを、思い出します


でも、それからアートの世界にひかれる、彫刻ということが、
とても、見たい対象になる。そういうなか、高田博厚であり
佐藤忠良舟越保武といった、彫刻家。そして、もう一度
再発見という、趣になった、荻原碌山。続けて、ロダン
マイヨール、など。


アートを通じて、何かを伝えたい。そのことに人生をかけて
やってる。その生き方に何度、はげまされて、少なくとも
生きる姿勢は、少しでも近づきたい、そういう生き方をするのだと
思う、そういう瞬間があること。これはこれで、大切にしたいこと
そんなふうな、自分の心の、空気の入れ替えみたいな、そんな
時間にできることが、ひとつ、アートにふれることの、自分の
楽しみになっているのです