今という大変なときの、言葉の使い方

ときどき、人になにかを伝えるときに、言葉っていうのは
やっかいだなと、思うことが、あります
え?言葉でなくて、どう伝えるの?ってことになるのですが
言葉は、少なくとも、ニュアンスとか、そういったものは
人それぞれ、ちがうのですよ


まして、このブログもそうですが、パソコンなりとおして
デジタルで表示された、文字ですね。手で書いたものなら
まだニュアンスが残りますが、それもない、ということに
なります
だから、相手によって、受け取り方がどうなるというのが
結構怖いと、思うのです


そこで、みなさんもやってるし、これから、自分もまだまだ
やるだろうなというのは、ゆるい伝え方です。いいえ、ビジネスで
いえば、ゆるさと、どうしても、ここはやってねというのは
はっきり書くということですかね
返信がほしいなら、そう書く、意見を書いてねだったら
そう書くということでしょうね
しかしながら、今ここにこう書いていて、本来会って
伝えていれば、その言われた言葉に、返していくか、また
返すときに意見を言うかというのは、その人に任せるというのが
いい感じのやりとりだとも、言えるのですね
メールやデジタルの、はっきりこうやってねを書くという
のも、見ようによっては、ぎくしゃくとした、やりとりです


感染症のことがあって、テレワークしてるということが
一定のところ、やります。そうすると、どうしても顔を
あわせないで、連絡とるということを、しなくてはなりません
いいえ、人によっては、チャットほかでやりとりすることで
やりとり自体は増えたという人もいます。言い方を変えれば
会えないゆえに、やりとりをふやさないと、うまくいかない
ということが多いとも、言えます


テレワーク、自宅でも仕事ができるというのは、ひとつの
見方としては、画期的で、すごいことなのですが、それだけに
やるべきことが、ふえちゃうということがありそうです


今朝、ツィッターみると、リーダがあることを、メンバーに
伝えるのに、一回言って伝わるというのは甘いという、意見が
のっていて、そうだなと思うと同時に、いやーなにか伝えるのに
何回も、が常態化したりしたら、これも大変だなと思う自分も
います


今は生きるのが、大変といっていいタイミングです
コミュニケーションが薄くなりがちというのが、ひとつの大きな
要因とも言えます。ですが。対面が十分できるから、コミュニケーションが
必ずとれるのか?これも安易な、考えということはあります


つながってる、これは双方向で、継続的と、学びました
つながってる、と、自分で思える状況を、自分で作ってるということが
必要なのですが、まず必要と認識してくれてるのか、と、心配に
なります


言葉を使わないと、伝わらないですが、使い方をよく慣れていく
レーニングしていくというのが、大事と、思います