知ってる人が、虹を渡るということ

自殺者が増えてるという、報道を聞きました
今は、感染症ほかで、ほんとうに大変なときです
飲食業、旅行関連で、売上が経たなくなった、会社、店は
ものすごい数あると思います


そうしたとき、生きる糧を得るのも、難しいと
思った人が、思い余って、自分の人生を見誤るのは
あるのだろうと、思います


人が死ぬということ。3年ほどまえ、高校時代の同級生が
急病(動脈りゅう破裂)にて、虹を渡った前後で
聞いた話。平均して50代までに1割の人が死ぬという
統計があるということです


最近、知り合いの結婚相手が、虹を渡るという、連絡を
受けました。まだ、2人は40代前半だと思います
残された、家族の気持ちを思うと、胸が痛みます


自分の家族ということでは2010年代の半ば、いっしょに暮した
両親を、送りました
そして、今思い出すのに、その両親を送るということは、
さらにさかのぼって、自分が二十代のとき、祖母を送った経験が
あって、やや、どういう振舞いをすべきか、学習できた
ということがあったように、思うのです


家族が、友人が虹を渡る。どうしても変えようのない事実
として、そういうことが巡ってきて、そのことを、受け止めなければ
ならない。それは、親しい人との別れという悲しさの
ほかに、残された自分はどういきるか、学ぶレッスンだと
思うことがあります


残された人は、残された人生を、逝った仲間の分まで生きる
ということが、求められる、それが供養ということも
あるし、悲しさが、強さに、生きるということの意欲に
昇華する、そういう、源と言える


自分はなぜ生きてるのか、生かされているのか
自分のやるべきことがあるからだと、思うこと
自分は生きて、できれば、周りの人を少し笑顔にできる
ような役割をやって、ああ、生きててよかったと
自分も思える時間をもつこと


後輩の人に、生きるって、いいなというふうな思いを
持てる「場」「時間」「ステージ」といったことを、作れること
それが、生きてる証になると、思っています


日本は、命を大切にするという、生きた人の、思ってる
大事な、文化、があると言っていいと思います
日本は、他の国にはない、17世紀から、内戦のない
ほぼない、国を作ってきたのです
生きてる意味ということを、もう一度思いたい
生きる大切さということを、日本人の、自分が受け止め
そして、できれば、発信もしたい