二十代で読んだ小説、「あかねさす」 永井路子
この小説は、主人公が就活していて、自分も就活した直後だったり
「明日香」がとても好きで、明日香がひとつの舞台に
なっていたりと、いくつか「思い」が重なって、よく
思い出す作品です
永井路子は、この作品のなかで、「ひとつの説」として
あかねさす・・・の額田王の歌は、「宴の歌」として
説明させます
主人公の指導教官としてでてくる、先生は、「こういう説があるよ」
といって、どちらかといえば、主流として言われてるものと、別の
いわば、亜流といっていいところにある、説として紹介しています
このあたりが、永井路子のうまいところといってもいいかもしれません
ところが、今月、滋賀県、湖東といわれる場所を旅して
目にした、「万葉の森船岡山」なる、史跡。
この宴の歌というのが、言ってみれば、「史実」のように
扱われ、大きな等身大の絵(額田王と、従者、そして二人の身分ある
男子(これは、天智天皇と天武天皇だろう)のあるレリーフが
あります
今日こんなふうに、説明していて、歴史をプロで学ぶ人にしたら
大和朝廷だって、成立していたか、定かではない(といっていいかも
ちょっとだったり?)の7世紀とかの話、史実としてとか
ちがうとか、もちろん、いろんな説がでてくるのは、もちろんそうです
ということを前提にしてるとしたら、こうした、言ってみれば
観光スポットを作るのは、あってもいいことかもしれません
永井の小説の、大学の先生の言い方はこうです
この歌が読まれたこと、その年齢を想像すると、大海人皇子も
額田王も四十代。「恋」だの「ライバル」だの、といってるより
ポーズをとって、宴のなかで披露した、まわりはやんやと楽しむ
といったことじゃないか、こんなふうに解説してみせる
この山(というか、丘に近い)から見渡せる田園地帯は、蒲生野と
いって、遊狩(みかり)が行われ、これは天皇が臣下をつれて
行う、行事、おそらくはお祭りといった要素もあるなか
その酒宴だと、説明にあります
天皇が行う宮廷行事とかとなると、ずいぶん固い、厳か?
といったことも想像するのですが、実際のところ、かなりオープン
なごやかな面もあったのではないかと、想像します
額田王は、いわば歌姫。天皇は、歌を通して、やりとりし
楽しんだという、構図はとても楽しく、いい感じかなと
想像します
湖東の地を、ドライブしていると、奈良の古代の都人がいたという
場所、桜井、明日香、吉野といった場所との、近さ、雰囲気の共通点を
感じました
都がおかれた場所は、そうなのでしょうか?
万葉の森船岡山、神社があり、その神社で、しばし、歴史のひとときに
思いをはせたのでした