キャンプしたい

数年前に千葉でキャンプをした
オートキャンプ場というのは、人気があれば
次から次へ人が集まってくるので
「静けさ」とかはなかなか求められない
なにしろ、10mか15m四方のワクに
車をとめて、テントをはっていろいろする
ようになっていて、隣もしっかりお向かいさんも
しっかり人がいるという状況なのだから


そんなことでも、夜過ごしていると、家でみるのとは
全然ちがう月がみられて、当然空気もちがうちょっとした
自然満喫の気分は味わえる


キャンプのもともとの意図からいったら
キャンプ場でキャンプするのは、ワイルドさにかけるなと
なるのだけど、現実には、安全性のことそれから
トイレのこと、ごみのことなど、キャンプ場でしなければ
いきなり、敷居はあがってしまう


そのあといった、丹沢のキャンプ場は、露天風呂あり
朝食を食べれる食堂ありと、まさにキャンプ場というか
キャンピングも楽しめるリゾートのようで、これまた
「楽」なのだけど、ここまで楽でいいのかしらってとこ


どちらも40歳を超えてからいったのだけど
10代や20代でキャンプしたときに、そんなに気にならなかった
地面のごつごつとした感じなんか、やっぱり気になってしまうなと
思った
そんなに体は変わってないようにも思うのだけど
そうしたときは、少し自分の変化があることを思う


キャンプの楽しみは、いろいろあると思うけど
私はよくやるのは、料理とギターかな
そんなとき、かみさんはスケッチを楽しむ
丹沢のキャンプ場は川沿いで、水の流れをスケッチしていた
私はそのよこで、ほろほろギターを弾いていた
楽器セラピーという言葉があるけど
ギターをさわってるというのは、心がやわらかくなると
思う
キャンプ場の空気や景色をみて、気分転換して、さらにギターで
気持ちを解放する。ダブル効果だなと思ったりする


あと、キャンプでの楽しみは、火を囲んで
語ったりということかなと思う
そういう連想でいうと、昔からある家で炉があって
そのまわりに人が集って、語ってるイメージって
とってもあったかくて、日本人の原風景といっていいほど
なぜかなつかしい
なつかしいなんてかいておきながら、例えば親戚の家にしたって
そんな、炉がある家なんて自分には縁がなかったのだけど


たまにもう博物館的な存在になってるけど、残してある旧家に
いって、炉をみると、とてもいいイメージがある
火を囲むということは、人間にとって特別の意味がきっとあるのだ


そんなふうないい時間、いい空間を仲良しと
共有できたら、最高の喜びだね