同窓会

20代のときに、いっしょに汗を流した職場の
人と、同窓会をやろうということになったのは
もう7,8年前になるでしょうか?
最初の幹事を、自分が勤めたのですが、とてもうれしかったことに
3つ下の後輩は、次の年は自分が幹事をやりますといい
続いていることです


同窓会という、なくても、困らないとも見える行事は
誰が幹事をやるのかということで、なかなか、決まらない
といったことが、とても多くありました
そういうなか、この同窓会ってすごいなと思ったのです


すごいな続きでいえば、やっぱり20代で仕事した仲間というのが
大事に思ってくれてるということも、すごいなと思うのです
実際、いろんな意味で、レベルは高かったといっていいかも
しれません
支店という枠組みで、その支店に与えられた成績評価を
あげるために、ほんとに、かなり素晴らしい真剣さと、工夫が
あり、仕事していくというのは、こういうことかという
理想に近いものがあったようにも、思います


そういう職場だったからこそ、そのとき、いた、仲間は
大事だという、意識があるのではないか、そういうふうに
感じます


人と人があって、お互い刺激をもらうということ
人が成長するために、必ず必要なことだと、認識しています
自分がそうしてきたから、もちろんそうです。なにか、「価値」を
生み出すためには、そうした、人から刺激をもらうということが
欠かせないという認識です


さて、やっぱり、今の世の中の人の動きといったことを
思う時、「会う」ということは、ぜひしたいし、するのですが
一定のところ、回数とかやり方に、制限が出ちゃうというのは
いやいやと思いながら、やらなければならないことですね


さて、知恵をしぼるということが大事ですね。回数とか制限
されるとすれば、それは、やっぱり準備をよくして、「濃い」
ものにする工夫がいるということになるでしょう


準備大事です
ただ、こういう話になると、つい言いたくなること「ぶっつけ本番」
も大事じゃないか?ということ
人間の発想は、どうしても「できそうなこと」をやるということに
しばられる、そういう傾向があると思います
準備すれば、これはできそうもないから、はずそうということに
なるかとも思います


ときには、ぶっつけ本番で、なにが起こるかわかならい
そのどきどきのなか、進んでみる。そういう楽しさ、そういう厳しさも
大事と思います