[]頭の中身を外にだす

どうも、人に話しを聞いてもらう、というのはキくらしい。なにか容易に解決できないような悩みがあるとして、それをダレかに話して聞いてもらうと、これがキくというのだ。そういう話をよく聞く。・・・

・・・どうやらウツ病にかかっていた友人から、電話があったのである。ひどい奴にひどい目にあった、という話で、私はウンウンときいていた。
ところが、しばらくするうちに、そのひどい奴というのの言い分の方が、私にはどうもマトモであって、友人の方が少しばかり常軌を逸しているんじゃないか?と思えてきたのだ。それで、ひと通り話を聞いて、一段落ついたところに、
「その人の言うことにも、一理あるような気もするなぁ」と、言ってしまった。どうしてかって・・・言う間もなく電話はキレた。後に共通の友人と、その件について話していたら、
「なるほど、そうか。それじゃ南さんも、ひどい奴になってるぜ」
というのだった。自分が少々無理なことを言ってるくらいは、友人にもわかっていたのだ。わかっていながら、なお、いやそりゃヒドイ、とんでもない奴だといって、ナグさめてほしかったのだ
私はうんうんと聞いていて一段落ついたところで、大変だったな、じゃあな、といって終わらせれば良かったのだ。忠告だの忠言だのをいわれてよろこぶ人はいない。それが忠告で友達甲斐に言ってることだと、わかる状態ならば、そんな電話を、そもそもかけちゃこないのだ。

  以上  心理療法個人授業 by 南伸坊 河合隼雄

心が澄んだ状態でいたい
ときには、友達にあって、自分の頭の中身を外に
だそう
そんなことができる友達がいる人生を送りたい
それは、自分が頭のなかをだすだけでなく
相手が頭のなかをだすのを、いっしょにいられるように
双方できるように

そうすると、きっと「澄んだ」ように
できるのではと思う

生きていれば、そりゃ悩んだりもする
「もういいや」と投出すのではなく
「うーん、困った」とふさぎこむのでもなく

抱えながら、ずっとそんな大変な悩みを
ときに考え、ときに乗り越えようとしながら
やっぱり、休戦したり、つきあいながら
生きていってほしいな、そうしたいなと
思う

さあ、新しい年、今年こそ、いい年にしよう!