工程について、認識を深める

いわゆるウォーターフォール、水を上を流し込むようなといったら
いいか、システム開発の工程について、ひとつひとつ
認識を深めようという、話題を会議に出してる人がいる
その人を囲んで、何回かやってきた、ディスカッションを
いかに深めていくかと、考えようということを言った


会議で話すということの目的を思う
意見をだしあって、ひとつの共通の見解をもつということが
ある
この点、それでいいのかな、と思っていることが大事である
何をいっているかというと、一定の時間の話し合いで
見解をだすということは、もちろん話し合いをしないということ
より、ずっとメリットは望めるからやったほうがいいと思うが
話し合いは、一定のところ、不完全なものになるしかないという
ことだ


え?それじゃ、なに?ってことになるかな?
いいえ、だいたい言葉、言語って不完全なものなんですよ
だから、何度も話し合うことが大事だし、話し合いをしてひとつの
見解をもったら、それを実践して、さらに認識を深めるということが
必要になるのですよ


なにか言葉のあやのような、今日のブログになりました
いいえ、実はこのことは、私は高校時代くらいからこだわっていて
なにか、言葉にすると、わかったとか、できたって気がするのですが
人と人、言葉はその背景、文脈がそれぞれちがうということを
まず理解しなくてはならないし、さらにはその言葉をあやつって
何度も認識を深めるということをしなくては、なかなか一致した
絆らしきものは、見えてこないものなんです


話し合いは楽しい。そして、高度な意味で大変知的かつ深い、行為ですね
いい話し合いができれば、お互いどんどん活気がでて、いいチームに
近づきます
話し合いが、偏りすぎたり、なにかツンケンとかとがった形で終わってしまうと
そのチームは力をそがれます


いろんなことがあるのですが、やっぱり自由に発言して、なにか少しはずれた
こととか、言ったとしても、少なくとも個人攻撃は受けない安心感の
あるなかで、やりたい


もとにもどって、工程の話
ずっと、なにか「共同作業」でひとつの目的をめざすというとき
去年から読んでる、「ひとりでかかえこまない仕事術」という本の
関心とコミットメントをもってもらうというキーワードが
頭にくっついてる
隣り合う工程について、理解しながら、自分のいまの目の前の工程を
進めること。このことを目指したいという話がでてる
それには?
うーん。もう少しそれぞれ認識を深めることが大事かな