ときどき、都会を離れてみましょう

コテージでいっしょに過ごさないか?
そんな誘いの一回目は、二十代でした
コテージは、ホテルや旅館と違って、自炊しなくては
ならないから、いろいろやることがあったりは
多いのです
だけど、時間は自由です


だから、コテージで都会を離れて時間を過ごすというのは
とっても「特別感」があることでした


自炊する、その夕飯はやっぱり、BBQみたいなテラスでの
食事でした。それが楽しいです
野外で食事するなんてことは、なかなか機会が
ないですよね


BBQの楽しさは、大きな火を囲んでその火をみながら
食材を食べるということですよね
それだけ?そうそれだけなんだけど、「火」というのは
人間にとって、ほんとうに特別なものといっていいのでは
ないでしょうか


ほんの数十年前まで、「火」こそが明かりであり
食べ物を加工する手段の大きなものといっていい
のでしょう。だから日本でいえば、「いろり」という
場所がすごく大事な場所といっていいのではないでしょうか


その火を囲んで、大家族が暮らしてる。これがほんの
数十年前までの、暮らしだろうと推測します


二十代、三十代と親しくしてもらった、家族からときは
流れて、テニスで知り合った方から、今度は別の場所で
別荘にくるように、招待を受けました


その別荘のオーナーは、ほんとにもてなし上手
買い物をしたり、シーツをどうする、寝具をどうするは
もう何度も、友人を呼んでいるので、決まった簡単なルールが
あり、あけっぴろげで、楽しいのです


だけど、こうした別荘なりの楽しみは、やっぱり時間が
自由でわいわいやれること。これは共通ですね


人間は、気の置けない仲間とやりとりすることが、ほんとに
大切な生きていくうえでの栄養といっていいと、繰り返し
感じます


ほんとうに、困った状況、感染症がもたらした、家にこもって
やりすごすしかない、人と会うことが、まかりならんといった
状況がありました。このことは言い換えれば、いかに人とあって
いろんなやりとりするということが、貴重な、生きていくうえでの
ヒントがあり、栄養そのものなんだということをくっきり
浮かび上がらせたといっていいのではないでしょうか?


いっしょに、寝食をともにする
これはほんとうに、仲良くなる、素敵な方法、一番の方法と
いっていいと思います


そういうことを、まだ知らない人に、知ってもらい
また、新鮮な出会いをしていきたい、そんなふうに思います