手紙を送る

友人の何人かに今年、クリスマスカードを
送りました。今年はどんな年でしたか?と
伝えました


電話や、メール、またLINEといった手段がふえて
手紙を書くということは、減ったでしょう
手紙はもう書かないという人もいるようです
でも、そんなときだから、手紙はいいなとも思います


ちょっと前に、読んだ本に、電話は、そのとき「応対する」
ということを、強制するツールともいえると書いていて
「おお」って思いました。そういうふうに「強制」なんて
言葉を使われてしまうと、電話が身近だった(メールなんて
30代になってから使いだした)私としては
そんなに、「邪見な言い方しなくても」とも思いますが


手紙のよさって、ふわりと届いて、自分の読みたいときに
読んでねという、そういう感じがあるってことですね
くせ字だし、ぜんぜん、いい感じでは書けないのだけど
手書きの文字は、やっぱりデジタルなものより
あたたかいのだと思います


それから、わざわざ、というか、一定のテマをかけてる
ということがわかるのも、いいのではないですかね


書くほうとしては、しばらくの時間、その相手のことを
考えてるわけです


私が手紙を書く、その意味というか、よさ、効果といって
いいところはそこにあります


例えば、いい景色に出会って、だとか、美術館で
いい作品に出会って、その出会ったときの印象を
友達に書いています


今年は、パリでいろんな絵を見ました
そのなかで、ルーベンスが描いたという
マリー・ド・メディシスが以来した彼女の伝記といっていい
一連の連作。その構想のすごさ、またその依頼を
自分への挑戦として受け取った(中野京子氏の解釈)
面白さ


そんなことを、思いを込めて、書いてみました


絵って、こんなふうに楽しむことができるんだ
それは、文学において、ひとつのジャンルしか
楽しめなかった人間が、あるとき全然違う、ひろい世界を
知って、わくわくしてるのといっしょのような
いいえ、それより、極彩色であり、奥深いビジュアルな
世界に足をふみいれた喜びを、感じていました


手紙で、伝えたいことは、自分の気持ち
それを、文字に込めて、仲良しに送るということが
自分自身に刺激になるのです