若いとき

洲之内徹の「気まぐれ美術館」に、若いアーティストの
話があって、その若いアーティストの話の中に、洲之内のひとこと
「若いということは、いかがわしさを含むといっていい」
そんな文章を読み返してみて、ふん、そういうこといえそうだよなと
感じます


もしこの文章を読んでくれてるあなたが、若い人、いったん30代までに
しましょうか。そうだとしたら、ああ、年取った人の「やっかみ」みたいに
とらえるかもしれない
事実そういう部分は、若い人の感覚ではありそうだと思います
似たようなことを、少なくとも20代の自分は思っていました


まあ、そういう批判はあることは承知で続けます
なぜ、若いときが「いかがわしい」といった表現でつながるか
いかがわしい、というと、ちょっと感覚として、自分のものでは
ないので、あぶなっかしい、バランスがとれてない、といったことと
言い換えたいです


あぶなっかしいと思うのは、まず「対、人に対して」ということが
ありそうです。せっかくチャンス、せっかくある意味自分の味方に
なってくれる、そういう接触をしてるのに、その時間をぞんざいに扱ってる
そんなふうに見えることが、若い人をみてると、感じます


「対、人に対して」ということは「仕事」においてそうだとも
見えてきます。仕事をするってことはたいへんなことです
仕事をして、その対価をいただくというのは、相手に納得してもらう
ということが必要ですね
そのために、いろいろやるわけですが、若いときはそこに「甘え」が
でやすいですね
若いときだから、甘えがあっていい部分はあります
それを、一定のところは、許容してくれるでしょう
ですが、条件がありますね。それは、今後よくなっていく期待がある
そのことが条件だと思います


つまりは、甘えがあっていいのですが、精いっぱいやって、学びがあって
次は少し「マシ」になります。そういう姿勢でやれば、今度はもっと
いいように、協力しようとなるといっていいです


ときどき、「うつわ」を見に行きます
うつわ、という、目で見て、いいとかわかる、そういうものを
手作りする。そういう作家がいます
これはシビアな世界です
ですが、日本にはそういった、文化があります
感覚的には、何万人という、うつわ作家がいます
そして、その何割かは、それで「食っていける」ということ
これはほんとうにすごいことです


そうしたひとにぎりかもしれないですが、認められたスターのような
うつわ作家にあうと、やっぱり、単なるこだわりなどといったことを
超越した、よさ、うつわづくりに、人生をかけた、なにかというのが
伝わってきます


若いときというのは、「自分さがし」の時間といっていい
そういうことを、まじめに思って、自分を磨いてる、そうなら
応援したいと思います


いつか、上に書いたうつわ作家さんの、ように、生き方そのものが
いいなとなれるように、精いっぱい仕事だったり、生活に
チャレンジしたらいいと思います