うつわの話

アートで、食べていく、自分の職業にしていく
ということは、自分が関わるなにかで、人を感心させて
お金をもらうということになります


そういうことって、極めて、難しいなと
感じます。アートがアートたるゆえんはそこに
あるのですが、自分ができますか?っていうと
いいえ、そんな難しいこと、とてもできないと思いますと
伝えます


ぜんぜん、やったことがないかといえば
高校時代の音楽活動とか、大学で英語劇の舞台に
たったとか、ありますが、やってるというそのものの
意味はあるかもしれないですが、その表現をみせて
みてる人になにか、感じてもらって、などというのは
とても、難しいと、思うのです


週末は、なんどか、お邪魔してる、うつわ、楓さんという
うつわの専門店にお邪魔して、対になる、湯呑み茶碗を
求めてきました
うつわをみていて、その姿がいいこと、手元におきたいなと
いう気もちが、自然にでてきました


うつわをつくったりしてる、作家さんも、その自分が作り出すもの
という点において、アーティストだといっていいと思います
そして、世界に類をみない、うつわ文化をもつ、日本だから
存在するのだと感じます


食器、陶器が私がみるのは、主にですが
その形、色、大きさ、材料、とってもさまざまですね
こんなに、うつわを楽しめるというのは、ほんとうに
日本人にうまれてよかったと思います


ちょっとだけ、料理もしますが、美しい、いいうつわがあると
そこに盛る、料理も気合いれて、作ろうかなと思うという
ことがあります
料理に気合がはいるということは、生きるということに
気合いがはいることですね。いい循環になります


鳥取の岩井窯の山本さんに、教えてもらったのですが
うつわは使ってこそ、その良さがわかる。いいものが自分に
入ってくるんだよということ。少しずつ実践しています
九谷焼の橋本さんのうつわは、洗練されていて、それでいて
日常のぼくらが、使う何かにも、フィットするなにかが
あるように、思います。これも使っているから
わかる、ことです


今年、京都のセンチュリーホテルで、感心したことがありました
それは、ほんのちょっとしたことなのですが、部屋においてある
コーヒーカップが、染付のなかなか、いいうつわだったということです


ホテルの、しかも部屋におきっぱなしの、うつわは、たいてい、プラスティックとか
味気ないものが多いですね。それはしかたがないとも
思っていたのですが、せっかく、旅行にきて、いい気分ではじめたい
朝にはじめて使う、うつわが、いいものだと、自分が大事に
されてる感じがして、とっても気に入りました


うつわが、自分の気持ちをひきたてるということに、一役買う
こういう、気持ちでいられるということは、とっても大事なことと
思います。自分で自分が価値ある存在だと、感じ続ける生き方が
「誇り」をもった、生き方につながっていくと、感じるからです


うつわ、から、誇りの話へ展開してしまいました
でも、心をこめて、作られたうつわ、そんなパワーを
運んでくれると感じます