吉田博

海、であり、山を、美しく表現しています
海と、山を主題にしたということでは、とても好きな画家
東山魁夷を、つい、思い出します
東山魁夷の画集に、その解説があるように、デフォルメする
といったらいいか、「絵」を表現するのに、実際の見た景色を
そのまま忠実に、描くというより、自分が描きたいように
変えてるということがあります


今回、吉田博の絵をみていき、途中、スケッチブックも展示
してあって、その解説に、スケッチしたものがそのまま
本絵になってるということは、ない。と描かれていました
解説に書いた人は、本絵になるまでに、構図であり
何をそこに書くかということ、これを何度も検討して
変えていくのが、すごいことというニュアンスで、書かれていて
ふんふん、と、読みました


東山魁夷は、その著書のなかで、スケッチは、そのとき
目にした対象に、迫っていく、フレッシュさといったことが
あって、それは本絵にない、良さだと、書いています


どちらもあっていいことかもしれないです
ただ、この解説の一文が頭から離れずに、ずっと吉田博の
絵をみることになりました


瀬戸内海で、帆船があって、朝日、夕日、夜と光の
具合が変えてある、版画、が、その色、構図が素晴らしく
何度も頭に浮かびます


山の、夜明け。
高い山のピークで、夜明けを迎えた人だけが
見える、自然のショー。グラデーションの美しさとは
こういうことを、いうのですと、自然が教えてくれるような
そうした、山の空気、山自体の、不思議であり、愛すべき
風景。


吉田博は、山、海を、そして、山が作り出す風景
海が作り出す風景を、描きました
きっとそれは、凡人では、やっぱり気づけない美しさを
切り取って、絵にしてくれる。特に版画ゆえ、たくさんの
人に見てもらえる。そうしたことを、生きることそのものとして
行ったのだということが、伝わってきます


20代で、はじめて、渡米して(明治時代)そのはじめての土地で
自分の描いた絵が売れたということ。これは売れたこと
自体がすごいし、おそらくはその後の吉田博の人生を
左右した、出来事になるのでしょう


渡米して、人生を切り開いた、ということ、このストーリィで
思い出すのが、荻原碌山ですね。やはり、明治の時代、19世紀の
終りころ、ということ。碌山は渡米し、協力者がいたということ
なのでしょうが、フランスにもいき、ロダンに出会うのです


吉田博も、荻原碌山も作品を通して、アートのすばらしさを
今に伝えてくれるといっていいのでしょう
二人とも、自分の人生をアートに昇華させたといっていいかも
しれません


しばらくぶりに、安曇野碌山美術館にも、行きたくなりました